世界の正義のために、できることからコツコツと
僕、赤城 湊は、自室のトリプルモニターの前でホッと胸をなでおろした。
画面には、某大企業のサーバーに侵入しようとする悪意あるプログラムの痕跡。僕は震える指でキーボードを叩き、なんとかそれを弾き返したところだった。
「あ、あの……これで、被害は防げた、かな……」
「お見事です、ミナト様!」
僕の頭上を飛び回る、光るソフトボール大の球体。人々の善意の塊『善のプラーナ』から生まれた精霊、ルミだ。
「今、街には『悪のプラーナ』が蔓延しています! プラーナというのは、人間の想念が実体化した気体エネルギーのこと。人々の悪意やドロドロした悪い想念が煮詰まった悪のプラーナを吸い込んでしまうと、ただの動物や機械が怪獣に、人間は怪人に変貌してしまうんです!」
「……うん、知ってる。その悪のプラーナを私利私欲のために利用して、世界征服を企んでいるのが悪の組織『株式会社ミアズマ』なんだよね」
「そうです! 圧倒的な量産を誇る悪のプラーナの前に、私たち精霊単体ではどうにもなりません。だから精霊王様は、善のプラーナの結晶である私たちを人間に宿し、怪人に対抗するヒーローを生み出すことにしたんです! さあ、ミナト様も『精霊戦士レッド』に変身して外の戦いに……!」
「む、無理だよぉ……!」
僕は分厚い黒縁メガネを押し上げ、首を横にブンブンと振った。
「外なんて、怖い人ばっかりだし……目立つのは嫌だ。僕は、この部屋からネット越しに人助けができれば、それで……」
僕は極度のビビリで陰キャだ。外の世界に興味がないわけじゃない。ただ、人と話すのが、傷つくのが怖いだけなんだ。
だが、ルミは容赦なかった。
「今日は外に出ないとダメですよ? 予約していた限定版パソコンパーツの店頭受け取り日ですよね?」
「……ッ! そ、それを人質にとるなんて……っ」
結局、どうしても諦めきれなかった僕は、震える足で新宿・歌舞伎町へと向かった。
◇ ◇ ◇
歌舞伎町のど真ん中で、異様な光景が広がっていた。
ATMが一斉にエラー音を吐き出し、お札をばら撒いている。信号機はすべて赤。街頭の大型ビジョンには『ミアズマ・システムに乗っ取られました』の文字。
そして、その中心で高笑いしているのは、全身にLANケーブルを巻き付けた異形のバケモノ――悪のプラーナを吸い込み変異した『サイバー怪人・ゼニゲバ』だ。
「ヒャハハハ! 悪のプラーナの力で、この街の金とネットワークはすべて俺様のものだぁ!」
パニックになり逃げ惑う人々。
だが、僕の視線は怪人よりも、その怪人の頭を、ゴルフクラブでフルスイングでぶん殴っている青いスーツの男に釘付けになっていた。
「このタコ!! 俺の客の金に手ェ出してんじゃねえぞ!!」
「ギャアアアッ!?」
そう叫んでいるのは、すぐそこのホストクラブの看板にデカデカと載っているNo.1ホスト、青島 ジンだった。
なぜか彼も、僕のルミと同じように淡い光――善のプラーナを纏っている。
「ミナト様! 彼も精霊に選ばれた仲間、『精霊戦士ブルー』です!」
「ひぃぃっ!? か、怪人より怖い人がいるよぉ……!?」
ジンはゴルフクラブが折れると、今度は近くにあったパイプ椅子を振り上げて怪人に叩きつけようとしている。
「オラァッ! さっさとシステム直せや!!」
「ひぃぃっ!? や、やめてぇっ……」
ジンにボコボコにされ、怪人のケーブルから火花が散り始めた。周囲のシステムがさらに暴走し、ビル群の電源が落ちていく。
このままでは街のインフラが完全にダウンし、病院などの命に関わる施設まで危ない。
「こ、このままだと街の人が……! や、やる、やるしかないっ!」
僕は震える手で黒縁メガネを外し、ポケットにしまった。
前髪をかき上げると、なぜか周囲にいた逃げ遅れた女性陣が「えっ、あの人超イケメン……」「嘘、どこのモデル?」とざわめき始めた。
メガネを外した僕の顔は、無駄に整っているらしい。視線が集まるのが怖くてたまらない僕は、ルミを両手で包み込むように掲げた。
「ひ、人の目がいっぱい……! は、早くネットに逃げ……じゃなくて! いくよ、ルミっ!」
「はいっ、ミナト様!」
「「 プラーナ・共鳴! スピリット・装衣!! 」」
ルミの体が弾け、眩い善のプラーナが僕の体を包み込んでいく。
光の粒子が赤いスーツとゴーグルを形成し、僕の体に完全に定着した。
「……アクセス、ダイブ!!」
同時に、僕の意識は現実世界からネットワークの深淵へと潜り込んだ。
――ネット空間の中だけは、僕は少しだけ強気になれる。
「見つけた……ミアズマの悪性プログラム」
僕は仮想空間に出現したキーボードを指先で弾く。
怪人が構築した強固なファイアウォールを、まるで薄紙を破るようにハッキングしていく。
『な、なんだ貴様は!? 俺様のシステムが……ッ!?』
「君のセキュリティ、穴だらけだよ……」
数秒でシステムの主導権を奪い返す。
ついでに、怪人が不正に集めていた資金の口座を特定し、完全に凍結・ロックをかける。
「悪の組織なんだよね……? 脱税の証拠ごと、マルサ(国税局)のサーバーに匿名で送っておいたから……。明日には君たちの会社にガサ入れが入るよ」
『ば、馬鹿なアアアアアッ!?』
ネットワークの復旧を完了させ、僕は現実世界へと意識を戻した。
目を開けると――。
「オラオラオラァ! ちゃんと確定申告しろやァ!!」
「もうやめてぇぇぇ……っ!」
ジンが、虫の息になった怪人に馬乗りになって、素手でタコ殴りにしていた。
「……あ、あのっ! ストップ! ストップ!!」
僕は慌ててジンの後ろから羽交い締めにして止めた。
「あ? なんだテメェ、俺の邪魔すん……って、お前もその光、精霊持ちかよ!」
鋭い眼光で睨まれ、僕は「ひぃっ!」と首をすくめた。
「ご、ごめんなさい! で、でも、怪人はもう無力化したから……! これ以上はやっちゃダメだっ!」
ゼニゲバ怪人は白目を剥き、完全に沈黙していた。
「チッ、しょうがねえな」
ジンは舌打ちをして立ち上がると、ビクビクしている僕を見て、ニカッと太陽のように笑った。
「なんだよ、ビビんじゃねえよ! ま、助かったぜ。俺は青島ジン、『精霊戦士ブルー』だ。よろしくな!」
そう言って、僕にドンッと拳を突き出してきた。その瞳に陰りはなく、裏表のない明るさがあった。
僕は、こういう派手な人は苦手でずっと避けてきたはずなのに。彼が向けてくれた屈託のない笑顔は、なんだか少しだけ心地よかった。
「あ……赤城 湊。僕は、『精霊戦士レッド』……です」
僕は恐る恐る、その拳に自分の拳をコツンと合わせた。
(外の世界も……こういう人がいるなら、少しは怖くない、のかも……)
こうして、ビビリでインドア派のハッカーと、手加減を知らないホストという、どう考えても噛み合わない僕たちの戦いが始まったのだった。
――そしてその頃、とある暗い地下室。
「ふふふ……次こそは、この私が奴らを地獄に落としてやるわ」
闇のプラーナに身を染めた、かつての天才女子高生柔道家の姿があった。
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