攫われた国賓
放課後。
短期留学生であり国賓でもあるミラは、今夜の晩餐会など外交上の行事に参加するため、迎えに来た黒塗りの高級車に乗り込んだ。
『 In crastinum, in schola.(じゃあ、また明日学校で)』
窓から顔を出し、僕に向かって美しいラテン語で微笑みかけると、彼女は颯爽と去っていった。
そして現在。
僕と桃井凛は、いつものマクドナルドのテーブル席で向かい合って座り……完全に固まっていた。
「…………」
「…………あっ、あの、ポテト冷めちゃうよ?」
凛の目が、完全に据わっていた。
午前中の教室で見せた「粘度の高いピンク色のプラーナ」は、今やドス黒い、限りなく悪(怪人)寄りのオーラへと変貌し、彼女の全身を覆い尽くしている。
ビビリな僕は心臓をバクバクさせながら必死に弁解の言葉を探し、ようやく思いついた「完璧なロジック」を口にした。
「あのさ、凛! 怒らないで聞いてほしいんだけど……」
「……なに」
「凛は、僕の顔が好きで、僕と一緒にいてくれてるんでしょ? それと全く同じだよ。ミラは、僕が提唱している『AIとプラーナを結びつける理論』が興味深くて、直接議論をしたくて日本に来たんだ」
僕は真剣な顔で身を乗り出した。
「凛の目的は僕の『顔』で、ミラの目的は僕の『理論』。求めているものが違うだけで、二人とも僕の特定の部分に興味があるって点では何の違いもないよ。だから、心配するような関係じゃないってば!」
「――――」
凛の動きが、ピタリと止まった。
ドス黒く渦巻いていたプラーナが、一瞬でスッと霧散していく。
(……言われてみれば、そうだ)
ショックを受けたような表情で、凛は俯いた。
私は彼に「顔が好きだから守る」と堂々と言い放った。彼の内面じゃなくて、顔に執着している。ミラという王女様が彼の「理論(頭脳)」に惹かれているのと同じように、私は「顔」というパーツに惹かれているだけじゃないか。
それなのに、私は勝手に嫉妬して、最近だって赤スパで彼を罵倒したり、何度も湊を深く傷つけてしまっている。
(でも……じゃあ、今のこの胸が張り裂けそうな気持ちは、一体なんなのだろう……?)
ただの顔目的の仲間なだけなら、彼が誰と仲良くしようと、こんなに心が痛くなるはずがないのに。
凛はぐるぐると渦巻く自己嫌悪と正体不明の感情に押し潰されそうになり、完全に黙りこくってしまった。
「あ、あの……凛……?」
「……ごめん、今日、先帰るね」
かつてないほど気まずい空気のまま、僕たちはバイバイした。
◇ ◇ ◇
帰宅した凛は、ベッドに倒れ込み、暗い部屋の中で深く落ち込んでいた。
「私……彼に、酷いことばっかりずっと……」
ただの顔目当ての最低な女。湊くんの気持ちも考えず、自分勝手に暴走してばかりいた。
枕を濡らし、自己嫌悪の底に沈みかけていた、その時だった。
――ピコンッ。
ベッドに放り出されていた凛のスマホが、短い通知音を鳴らした。
画面を見ると、湊からのLINEだった。
『助けて!! ミラが、ミアズマに攫われた!!』
『お願い、手を貸して!!』
「――ッ!」
SOSのメッセージを見た瞬間、凛の心臓が大きく跳ねた。
ミラが攫われた。湊が、助けを求めている。
(私なんかが、行っていいの……? また湊くんに迷惑を……)
一瞬、迷いが頭をよぎる。
しかし、凛はすぐにバッと顔を上げた。
鏡に映った彼女の瞳には、もう迷いも、ドロドロとした嫉妬のプラーナもなかった。ただ、大切な人を助けたいという力強い覚悟が宿っていた。
凛はスマホを強く握りしめ、何かを決心した顔で力強く入力した。
『今すぐ行く。今どこ』
送信ボタンを押すと同時に、凛はベッドを蹴り上げて走り出していた。
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