オタ友がやって来た!
朝のニュース番組が、ある国の特集を組んでいた。
『――東欧の秘境と謳われる【セルヴェリア王国】。民主主義国家でありながら王室を戴くこの国は、近年世界を席巻している新エネルギー『プラーナ』を最初に発見した国であり、プラーナ研究のトップランナーです。また、古代言語である「ラテン語」を公用語として現在も使用している、世界的にも非常に稀有な歴史を持つことでも知られています』
画面には、美しい中世の街並みと、それとは対照的な近未来的な超高層ビル群。そして、短期留学生として来日する王族の顔写真がデカデカと映し出された。
「セルヴェリア……? あれ、これってもしかして……」
テレビ画面に映るプラチナブロンドの少女を見て、僕は思わず呟いた。
「あ、やっぱり彼女だ」
◇ ◇ ◇
「おーい席つけー。今日は短期留学生を紹介するぞ」
いつものように登校し、HRが始まった直後のことだった。
担任の先生に促されて教室に入ってきたその姿を見て、クラス中の男子(と一部の女子)が息を呑んで静まり返った。
透き通るようなプラチナブロンドの髪に、宝石のように深いアイスブルーの瞳。真っ白な肌と完璧なプロポーション。まさに天使だった。
彼女は黒板の前に立ち、優雅に微笑んだ。
『 Salve. Nomen mihi est Mira von Selveria.』
彼女の口から紡がれたのは、セルヴェリア王国の公用語――格式高く美しいラテン語の響きだった。
直後、彼女の首元につけられたチョーカー型の最先端デバイスから、デジタルな日本語の合成音声がリピートされる。
【ハジメマシテ。ワタシノナマエハ、ミラ・フォン・セルヴェリア、デス】
『 Etsi tempus breve est, spero nos amicos futuros esse.』
【ミジカイアイダデスガ、ニホンノミナサント、ナカヨクデキタラウレシイデス】
クラス中から「おおおぉぉ……!」とどよめきが起こる。異国の王女様、しかも超技術の翻訳機越しというSF映画のようなシチュエーションに、皆が完全に圧倒されていた。
だが、自己紹介を終えたミラの視線が、教室の隅に座る【僕】を捉えた瞬間。
彼女のアイスブルーの瞳が、パァッと花が咲いたように輝いた。
ミラは担任の制止も聞かず、ツカツカと迷いのない足取りで教室を縦断し、僕の机の目の前でピタリと立ち止まった。
そして、翻訳機の電源をオフにすると、僕の顔を覗き込んで少しふくれっ面で笑った。
『 Quantum tempus! Cum ad investigationem nostram non venires, ego ad te veni!(久しぶり! 研究を詰めようって何度も招待したのに全然来てくれないから、私の方から来ちゃったわよ!)』
翻訳機を通さない、肉声での親しげな問いかけ。
教室中が「えっ?」「知り合い?」とポカンとする中、僕はごく自然に口を開いていた。
『 Valeo. Gaudeo te quoque valere. ...Quantum tempus. Sicut semper, pulchra es.(元気だったよ。君も元気そうで何よりだ。久しぶりだ、相変わらず綺麗だね)』
僕の口から、誰も聞き取れない未知の言語(ラテン語)が、流暢すぎる発音で飛び出した瞬間。
教室の空気が、完全に凍りついた。
(((えっ……!?!?)))
なぜ極東の一般高校生である僕が、東欧の王族と知り合いで、あまつさえ古代言語をペラペラと喋れるのか。
実は彼女とは、海外のAI研究オンラインフォーラムで知り合った仲なのだ。王立機関のトップ研究者である彼女と、しがない趣味のアマチュア研究家の僕とで意気投合し、オンラインでよく最先端AIの共同研究をしている。僕がラテン語を話せるのも、彼女との日々のやり取りの中で身につけたものである。
僕にとって彼女は完全に「気心の知れた趣味仲間だ。普段、他人に対して過剰にビビって壁を作ってしまう僕だが、オタクというものは、仲間に対するコミュニケーションだけは普段の何倍もリラックスして自然なものになってしまうものだ。
しかし、そんな僕の内情など、クラスメイトたちが知る由もない。
先日の『配信事件』で僕のメガネの下の素顔がとんでもない国宝級美顔だとバレてから、ただでさえクラスでの扱いがフワフワしていたのに。
そこにきて、謎の東欧の王女様と、突然翻訳機を切って『二人だけの秘密の言葉』で親しげに会話を始めたのだ。
言葉の意味は誰にもわからない。だが、二人が見つめ合うその親密な空気感だけは、痛いほど教室中に伝わっていた。
『 Honor est mihi hoc a te audire, Minato! Gaudeo quod in Iaponiam veni!ふふっ、湊にそう言ってもらえるなんて光栄ね! 日本に来てよかった!』
ミラが嬉しそうに僕の手を両手でギュッと握りしめた、その時だった。
「ちょっとぉぉぉお!!! どういう事ぉぉぉ!?」
僕の斜め後ろの席から、ドス黒くねっとりとした【粘度の高いピンク色のプラーナ】がバシューーーッ!! と間欠泉のように噴き上がった。
桃井凛である。
彼女の瞳孔はバキバキに見開かれ、僕とミラの繋がれた手を般若のような形相で睨みつけていた。凛の肩の上では、ピンクの精霊が「アカンアカン! 言葉わからんから余計に妄想膨らんで、プラーナがドロドロに濁ってまうで!!」と大パニックを起こしている。
「あ、いや、桃井さん、誤解だよ! 彼女とはただのAI研究の趣味仲間だし、今のもただの挨拶だから! 向こうの文化に合わせて『相変わらず綺麗だね』って社交辞令を返しただけで……あ」
しまった、と思った時には遅かった。
実はセルヴェリア王国(ラテン語文化圏)において、相手の容姿の美しさを讃えるのは、天気の話をするのと同じくらい極めて一般的な日常の挨拶なのだ。
「……綺麗だねって……言ったの……?」
「ひっ」
「翻訳機も切って、みんなには内緒の二人だけの秘密の言葉で見つめ合って『綺麗だね』!? 東欧の王族といつの間にそんなグローバルかつインテリジェンスなフラグ立ててたの!!? 翻訳機! !誰か翻訳機持ってきて!!オラァ早くせんかいボケェ!!!! 」
教室中が「赤城ってマジでどういう頭脳と人脈してんだ……?」「あいつ絶対ただの高校生じゃないだろ……」とカオスなざわめきに包まれる中、黒板の前に取り残された担任の先生は、遠い目をして静かにチョークを持った。
「……あー、お前ら席につけ。授業を始めるぞ」
プロの教師の完全なるスルー力によって、僕の高校生活はさらなる混沌へと突入していくのだった。
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