想像妊娠
「……湊、お前もお茶を飲むかい?」
穏やかな幻のお爺さんの声に、僕の意識は完全に白く塗りつぶされそうになっていた。
(ああ……僕はここで、お爺ちゃんたちとずっと……)
「ちょっと待ったぁぁぁ!!!」
空間を引き裂くように、ねっとりとしたピンク色のプラーナを纏った凛が縁側に乱入してきた。
「桃井……さん……?」
薄れゆく意識の中で呆然とする僕をよそに、凛はピシッと背筋を伸ばし、お爺さんとお婆さんに向かって深々と頭を下げた。
「初めまして! 湊さんの、嫁の凛です!!」
(何を言っているんだこの人は!!?)
消えかかっていた僕の自我が、あまりの衝撃に強烈なツッコミと共に一瞬で引き戻される。
「ほほう、湊の嫁さんかい? 初耳じゃな」
お爺さんが目を丸くする中、凛は真剣そのものの表情で言葉を続ける。
「はい。ですので、ここで同居することは無理なんです。私たち、新婚の間は絶対に二人っきりで暮らすって決めてて!」
「そ、そうなのかい? でも、この広い家で一緒に……」
「ごめんなさい。実は……」
凛はスッと目を伏せ、自分のお腹を愛おしそうに撫でた。
「このお腹に、湊くんの子が……。落ち着いたら、きちんとご挨拶をと思っていたのですが」
「ブッッッ!!? ゴホッ、ゲホッ!!」
僕はむせた。
「まぁ、それはおめでたいねぇ……」
すっかり信じ込んだ幻の祖父母に対し、凛は極めて真剣な瞳で宣言した。
「式を挙げるときは必ずご招待しますので、今日はここで失礼いたします!! ほら、あなた、帰るわよ!」
「えっ、ちょ、そんなひっぱらないで……!」
凛は僕の首根っこを掴むと、圧倒的なピンクのプラーナで仮想空間の壁をぶち破り、強引に現実世界へと僕を引きずり帰ったのだった。
その頃、現実世界のファミレスの外。
一人待機していたジンは、スマートフォンを耳に当て、極上のホストスマイルを浮かべていた。
「あ、もしもし? うん、俺。今大丈夫?」
電話の相手は、彼が勤めるホストクラブの太客の一人――実家が不動産や都市開発に強いパイプを持つ、有力者のお嬢様だった。
「そうそう、その案件。この間店に来たとき、君がちょっと言ってた西東京の再開発の話さ。なんか結構、裏で進んじゃってるみたいよ? 出所はちょっと言えないんだけど……君のパパの顔に泥を塗るような、たちの悪い連中が動いてるみたい。一応、大事な君には伝えとこうと思ってね」
ジンはタバコの煙をふぅっと吐き出しながら、甘く囁く。
「うん、ありがとう。じゃ、また店で待ってるよ」
通話を切ったジンは、「これでよし、と」と悪戯っぽく笑った。
後日。
巨大デベロッパーへの土地の許認可が、直前になって『重大な法令違反の疑い』により白紙撤回された。
ミアズマ社が仕掛けたスマートな地上げ工作は、ジンの一本の電話によって、完全に潰されたのである。
そして、いつもの放課後。
「いくら僕を助けるための嘘とはいえ、あのお腹の子がどうとかって設定は、流石にないんじゃない……?」
僕がげっそりとした顔で抗議すると、凛は頬を真っ赤に染め、背後にピンクのプラーナを漂わせながらジリジリと距離を詰めてきた。
「……じゃあ、嘘じゃなくしましょう? 私は、いつでも本気よ……?」
僕はくるりと踵を返し全力で駆け出した。その後ろを凛が猛スピードで追いかけていく。
そんなこんなで、なんとか今回も悪のホワイト企業の野望を、僕たちは無事に打ち砕くことができたのだった。
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