ごめんね!いいよ!
翌日の朝、校舎の廊下。
待ち構えていた桃井凛は、僕の姿を見るなり猛ダッシュで駆け寄ってきた。
「き、昨日は本当にごめんねッ……!!」
全身で全霊を込めた、文字通りの五体投地に等しい土下座級の謝罪だった。
「あ、うん……まあ、いいけどさ……」
僕は昨日の生配信で、上限額の赤スパ(5万円)と共に『死ね悪党!! 私の推しの美顔を邪魔するな消えろゴミ!!!』と全力で罵倒されたトラウマを、まだ引きずっていた。
ビビリな僕のメンタルはバキバキに粉砕されたままであり、流石にすぐには許す気になれない。僕は目をそらし、素っ気なく塩対応で返した。
(……仲間なんじゃなかったのかよ。気に入らないときは容赦なくゴミ扱いかよ……)
心の中で盛大にツッコミを入れながら、スタスタと歩き出そうとする僕。
だが、その背後から――ただ事ではない異様な気配が立ち込めた。
「……湊くん……? 私を、そんな風に……スルーするの……?」
振り返ると、凛の背後からドス黒くねっとりとした濁ったピンク色のプラーナが噴き上がり、巨大な彼女の幻影となって僕に襲いかかろうとしていた。それは悪の怪人とも違う、歪んだ独占欲と絶望が混ざり合った、ドロドロの執念の塊だった。
「ひっ……!?」
「あ、やべえ! またひっくり返ってまう……っ!!」
凛の肩から、小さな精霊が慌てて飛び起きて僕にしがみついた。
「湊くん、なんとかして! 彼女、昨日の配信であなたの素顔を見てから『私の世界の全てが揺らいだ』とか言って精神がバグってるの! このままだと悪のプラーナに飲まれて、またヤバい怪人に覚醒しちゃう!」
「そんな……っ!」
僕は恐怖で足がすくみそうになったが、ここで逃げたら彼女を失ってしまう気がした。
歪んだプラーナを纏い、瞳の焦点を失ったまま僕に近づいてくる凛。
僕は複雑な思いを胸に飲み込み、彼女の前に立ち塞がってまっすぐに見据えた。
「――君は、僕の素顔が好きなんだよね」
ピタッ、と凛の動きが止まった。
「言われたことは一度もないけど、ここまであからさまだったら、流石にこのバカな僕でもわかるよ。でもさ……」
僕は息を呑み、震える声を必死に抑えながら続けた。
「僕のことは、どう思ってるんだろう。例えば……もし事故とかで顔に大きな怪我をして、二度とあの顔が見られないような醜い傷が残ってしまったとしても、君は今みたいに僕と接してくれるのかな?」
凛の瞳が揺らぐ。歪んだプラーナの勢いがわずかに弱まった。
「……実はね、このメガネ、伊達メガネなんだ。昔、これをかける前は、毎日下校途中に知らない女子に告白されたり、彼氏持ちの子にまでナンパされたりしてさ。それが相手の彼氏にバレて、逆恨みされた男子たちにいじめられて、学校に行けなくなったんだ。だから、人の目を引く自分の顔が、本当はすごく怖かった」
僕はゆっくりと、分かった上で自分の黒縁メガネに手をかけた。
「……こんなメガネ、外してほしい? 凛がそれを望むなら、いつでも外すよ。でも、外したことで凛がそんな風におかしくなるなら、僕は絶対にはずさない。だって、凛はそれくらい、僕にとって大事な人になってるから」
だから、教えてほしい。
「――聞かせて、凛。もし僕の顔が醜くなったら、君はもう僕を仲間として認めてくれないの?」
静まり返った廊下。
僕の言葉が、凛の心の奥底へと染み込んでいく。
「……そんな……わけ……ない……」
掠れた、けれど芯のある声が聞こえた。
凛の背後で暴れていたドロドロのプラーナが、霧のように晴れていく。彼女の瞳に、まっすぐな光が戻ってきた。
「あなたが……私を嫌いになっても……。私はあなたのことが(顔)が……大好き……!」
凛はふらふらと僕に近づき、ガシッと両手で僕の肩を掴んだ。その顔は真っ赤に染まっているが、目は真剣そのものだった。
「何があっても仲間だし……! あなたに何があっても私が絶対に守るから……! 湊のお顔は私が死んでも守るからぁぁぁ!!」
「最後の最後でやっぱり顔じゃん!!」
ツッコミを入れる僕の胸に、凛は恥ずかしそうに顔をうずめた。
歪んだプラーナは綺麗に消え去り、そこにはいつもの不器用で粘度の高いピンクのプラーナを抱えた女の子の姿だけがあった。
こうして、朝からひと悶着あった僕たちは無事に仲直りを果たし、その日の放課後にはいつものようにマクドナルドへと並んで歩いていくのだった。




