仲間の裏切り……ピンクは重課金アンチへと…
ことの始まりは、本当にただの偶然だった。
学校帰りの交差点で、人にぶつかりそうになって慌てた僕――赤城湊は、うっかり分厚い黒縁メガネを落としてしまったのだ。
メガネを探そうと屈んだその瞬間、通りがかった大手ファッション雑誌の編集者に声をかけられた。
「そこの君ッ!! 少年!! バイト感覚でモデルやらないか!?ギャラならはずむから!」
「えっ!? い、いやです!!」
人前に出るなんてビビリの僕には絶対に無理だ。必死で断ったのだが、相手もプロ。諦めずに提示するギャラをどんどん吊り上げてくる。そして最終的に提示された金額は――僕が喉から手が出るほど欲しかった、超高額な最新PCパーツと配信機材が余裕で買えてしまう額だった。
「……本名と学校名を絶対に伏せてくれるなら」
背に腹は代えられず、条件付きで撮影に応じた僕。
だが、その1号限りのアンニュイなグラビアが全国に流れた瞬間、世界は狂った。
『この国宝級の美少年は誰!?』と編集部に問い合わせが殺到。
SNSでは有志による非公式ファンサイトが立ち上がり、世論に押された編集社が湊に土下座して一度だけ雑誌の公式インスタライブに顔出し(ノーメガネ)で出演させられるとサーバーが落ちた。そのレベルで爆発的にバズってしまったのだ。
しかし――正体が完全に謎であることが、思わぬ悲劇を生んだ。
「一度でいいから会いたい」「私だけのものにしたい」「結婚したい」「彼の全てを知りたい」
行き場を失った全国の女子たちのドロドロとした欲望と執着が昇華できず、大量の『悪のプラーナ』へと変化してしまったのだ。
それを、あの悪の組織『ミアズマ』が見逃すはずもなかった。
集められた莫大な悪のプラーナによって生み出されたのは――怪人クロウが化けた『ニセ湊』だった。
『今日も可愛いね。君だけに歌ってあげるよ』
画面の中で、甘いフィルターをかけたニセ湊がカメラ目線でウインクを飛ばす。
しかし、その中身であるクロウは、内心で血の涙を流していた。
(くっ……! なぜ我が社で最も冷酷なこの私が、女子中高生に向けてハートマークなど作らねばならんのだ……! 会長、社長……会社の今期の売上(悪のプラーナ)のためとはいえ、この屈辱……!)
社畜系エリート怪人であるクロウは、自身のプライドを粉々に砕きながらアイドル営業を敢行。その甲斐あって、ファンになった女性たちから怒涛の投げ銭と莫大な欲望のプラーナを回収し続けていた。
「これ、絶対に放っておくわけにはいかないよ……!」
危機感を抱いた僕は、ブルー(青島ジン)とピンク(桃井凛)を集めて相談した。
だが、ジンはタバコの煙をふぅーっと吐き出しながら、あっさりと首を振った。
「あー……俺、割とそっち(客に夢見せて金稼ぐ)側だからなー。同業者としてあの集金スタイルには文句言えねぇわ。わりぃ、俺この話パスで」
「ええっ!? 青島さん!?」
頼みの綱のジンに断られ、僕は凛の方を振り向いた。
「ねえ、桃井さんは――」
声をかけた僕は、息を呑んだ。
凛はいつもと雰囲気が全く違っていた。目の下に漆黒のクマをドッスリと作り、視線は完全に空を泳いでいる。ほおはこけて、漆黒に輝く髪もボサボサ。
さもありなん、彼女はこの数日間、ニセ湊が出演するあらゆる動画を全チェックし、全財産を課金し続けて不眠不休だったのだ。
「……私も、別に放っておいていいと思う」
「えっ……!?」
「だって……現に、幸せになってる女の子(※自分)も、いるんだし……。あ、配信始まる……」
そううわ言のように呟くと、凛はフラフラとした足取りで席を立った。
「そんな……僕の偽物のせいで、桃井さんまで廃人に……! 僕がニセ湊を止めなきゃ!!」
僕は一人、決意を固めた。
数時間後。ニセ湊のオンライン生配信。
「そこまでだッ! ニセモノ!!」
画面の外から、変身した精霊戦士レッドが配信画面へ颯爽と乱入した!
「みんな騙されるな! こいつは悪の組織の怪人で――」
しかし、僕の正義の言葉は、配信のコメント欄によって容赦なく叩き潰された。
『は? 誰この赤い奴??』
『湊くんの配信荒らすな!』
『邪魔だ!◯すぞ』
『邪魔もそうだけどなんだこいつキモいカッコして』
そして、ひときわ目立つ【¥50,000】という真っ赤な赤スパのエフェクトと共に、一つのコメントが画面を横切った。
【リン】:『死ね悪党!! 私の推しの美顔を邪魔するな消えろゴミ!!!』
「っ……!??!?」
実の仲間(しかも仲間のヒロイン)からの、上限額のお金を使った本気の罵倒。
ただでさえビビリな僕のメンタルは、バキバキに粉砕された。
(ダメだ……僕なんかじゃ、誰も……)
恐怖とショックで『善のプラーナ』が底をつき、変身維持が不可能になる。
パァァァンッ!!
光の粒子と共に変身が解け、画面の中央に――メガネを落とした、素顔の僕が取り残されてしまった。
――静寂。
それまで秒速数百件ペースで流れていたコメント欄が、ピタリと止まった。
超高画質カメラが捉えたのは、レプリカ(クロウ)の甘ったるいフィルターなど一瞬で粉砕する、本物の『国宝顔面』だった。
『え……? 本物……?』
『オーラが……違いすぎる……』
「あ……えっと……」
パニックになりかけた僕のイヤホンに、突然、低い声が響いた。
『湊、落ち着け。俺だ』
「あ、青島さん!?」
イヤホンの向こうには、面白がって配信を見ていたジンがいた。
『いいか湊、今から俺の言う通りに動け。……まずは下を向いて、伏し目がちにしろ』
プロのホストからの、的確すぎるインカム指示。
僕は言われるがままにうつむいた。
『よし。そこからゆっくり顔を上げて……上目遣いだ。少しだけ小悪魔っぽく、秘密を共有するような笑みを浮かべろ。セリフは「ごめんね、待たせて。本物の僕じゃ、ダメかな?」だ。いけ!』
(やるしかない……! みんなを元に戻すんだ!)
僕は腹を括り、ジンの指示通りに動いた。
ゆっくりと視線を上げ、カメラに向かって、少しだけ首を傾げて微笑む。
「――ごめんね、待たせて。……本物の僕じゃ、ダメかな?」
ドッッッッッッッカァァァァァン!!!!!
その瞬間、全世界の視聴者から発せられていた「ドロドロした欲望、悪のプラーナ」が、一瞬にして「圧倒的な尊さへの感謝、純粋な善のプラーナ」へと完全浄化された!
「ぐはぁっ!??! なんという圧倒的な輝き……!」
周囲の悪のプラーナが一瞬で消失し、ニセ湊は変身が維持できなくなり、中身のクロウへと戻ってしまう。
「くっ……フィルターも照明もなしでこの透明感だと!? 我が社の完全敗北だ……!」
クロウは敗北宣言を残し、空間の歪みへ逃げ帰っていった。
『よし湊、最後は俺の決めポーズで締めろ!』
インカム越しのジンの指示を受け、僕は画面に向かってウィンクをした。
「それじゃ、みんな……またね! チャキッ☆」
ピッと配信を切る僕。
その頃――。
画面の向こう側では、自室のベッドでスマホを握りしめたまま、口から魂を吐き出して白目を剥いて気絶している凛を含め、全世界の女子たちが『尊さの過剰摂取』によって昇天していたのだった。
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