循環型社会
株式会社ミアズマの『悪事遂行デー』は、苛烈を極めていた。
昭和の時代のように巨大な怪獣が街を破壊するわけではない。彼らのやり方は、もっと狡猾で、現代人の急所を正確に突くものだった。
駅前のATMが一斉にシステムエラーを起こして使用不可になり、大手ネット通販サイトのサーバーがダウン。さらに交通機関のシステムをハッキングして電車を全線運休に追い込んだ。
物理的な嫌がらせも忘れない。SNSで募った暴力闇バイトの若者たちや反社勢力を煽動し、一般市民を襲わせる。
ネットと現実、両方から社会インフラをパニックに陥れることで、ミアズマは一般市民から放たれる莫大な『悪のプラーナ』を効率よく回収していたのだ。
だが、この街には正義の精霊戦士たちがいる。
「オラァッ! 歌舞伎町で勝手なマネしてんじゃねえぞ!」
裏路地では、精霊戦士ブルーこと青島ジンが、暴れ回る闇バイトと反社集団をまとめて放置自転車でタコ殴りにしていた。お人好しな彼だが、自分のシマである夜の街を荒らす輩には一切の容赦がない。ボッコボコである。
一方、交差点では狂わされた信号機の影響で、大型トラックがブレーキを踏み遅れ、横断歩道の歩行者たちの群れに突っ込もうとしていた。
「危ないッ!」運転手はやってしまったと目を瞑った。
そこに颯爽と現れた精霊戦士ピンク(桃井凛)が、トラックのフロントバンパーを素手でガッチリと受け止める。ドンッという音、しかし圧倒的なパワーでトラックを強制停止させ、大惨事を未然に防いでいた。
そして、今回の騒動の核であるシステム異常の復旧に大活躍していたのが、レッドこと赤城湊である。
「くっ……ファイヤーウォールを何重にも書き換えてるのか。でも、この程度のセキュリティなら!」
ビルの屋上に陣取った湊は、ノートPCを凄まじい速度で叩き、ミアズマのハッキングを次々と無効化してサーバーを正常化させていく。
「見つけたぞ、クソ赤!! ウチの会社の邪魔してんじゃねーよ!」
湊の背後の空間が歪み、セーラー服姿のメスガキ怪人・リコが姿を現した。
得意の空間移動で神出鬼没に現れたリコは、悪のプラーナを込めたエネルギー弾を手のひらに生成し、無防備な湊の背中へと狙いを定める。
「くらえッ、死ねぇ――!」
ピロリロリン♪ ピロリロリン♪
突如、リコのポケットの中で間の抜けた電子音が鳴り響いた。
リコはピタッと動きを止め、エネルギー弾をスッと消すと、スマホを取り出して画面を確認する。
「あ、ヤバ。もう12時じゃん」
「……え?」
振り向いた湊が呆然とする中、リコはふうっと息を吐いてスマホをしまった。
「ごめーん、ウチ今日、午後から半休取ってるんだったわ。これ以上戦闘するとコンプラ的にうるさいし、帰るねー。またねー!」
シュンッ。
「お疲れ様でーす」という軽い挨拶と共に、リコは空間移動であっさりと消え去ってしまった。
後に残されたのは戸惑い、ポカンと口を開けたままの湊だけであった。
その夜。
騒ぎを無事に鎮め、平和を取り戻した新宿・歌舞伎町のホストクラブには、青島ジンの元気な声が響き渡っていた。
「はいグラス持ってー! 姫から素敵なシャンパンいただきましたー! よいしょー!!」
後輩の裏切りからすっかり立ち直ったジンは、持ち前の明るさとトークスキルで店内を大いに盛り上げていた。
そして今、彼が接客しているVIP席には、一人の若い女性客が座っていた。
私服のギャルメイクで着飾ってはいるが、昼間に湊を襲撃してきた怪人・リコ(人間態)その人である。
「聞いてよジンくーん! ウチの社長、超絶イケオジで優しくて最高なんだけどさぁ、ぜーんぜん私を女として見てくれないの! 今日も半休取ってデート誘おうとしたのに、スルーされちゃってさー!」
「うわー、マジか! それは社長さん見る目ねえなー。リコちゃんこんないい女なのに、もったいねえ!」
「でしょ!? あーもうムカつく! 今日は飲まなきゃやってらんない!」
ジンはもちろん、目の前の愚痴りまくっているギャルが、昼間に自分がボコボコにした悪の組織の怪人だとは微塵も気づいていない。ただの「仕事のストレスを抱えた太客(姫)」として、完璧なホストの顔で寄り添っていた。
「わかるわー、仕事頑張ってんのに報われないの辛いよな! よし、今日は俺が朝までリコちゃんの愚痴、全部聞いて慰めてやるから。パーッと飲んでストレス発散しようぜ!」
「ジンくん優しすぎ……っ! よし、一番高いお酒持ってきて!」
「ありがとうございまーす!!」
リコは悪事のボーナスを惜しげもなく全ツッパし、次々と高級シャンパンを空けていく。
ジンはニコニコと極上の笑顔を振りまきながら、心の中でガッツポーズを決めていた。
(っしゃあ!! この姫のおかげで、後輩に爆弾仕掛けられて飛んだ分のマイナス、完全にプラマイゼロになったぜ!!)
ヒーローとしては世界を救い、ホストとしては売上を完全リカバリーする。
昼の戦いの余波が、まさかこんな夜の街の経済を回す形で決着するとは、レッドもピンクも、そしてミアズマの社長も知る由はなかった。




