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第二章(2)ほな、ここ住む?

《登場人物紹介》

◾️吉野遍

会社で見る先輩めちゃくちゃかっこいいと思っている。

でも、「セブン」のことはまだ許せない。


◾️白川古都

もともと猫派だったのに、遍とつきあい始めてから犬派になった。

犬グッズとか見ると「お。」ってなる。

「帰りたくない〜」


日曜の夜が来るたびに遍は目に見えてしょんぼりと肩を落とす。

土日どれだけ離れずにいても、月曜から金曜までが長すぎる。

ソファでクッションを抱いて、古都の膝枕で横になっている。

「あかん……またしばらく会えへん……」

「毎週言うやん、それ」

古都は苦笑して、遍の目にかかる髪を指で整えてやる。

「だって、一週間地味に長いんですもん……」

「金曜なったらまた来れるやろ」

「五日もある……」

「こどもか」

時計は午後十時少し前。

そろそろ部屋着を脱ぐ時間が来た。

「さ。そろそろ帰らんと明日に響くぞ」

淡々と諭す古都に、遍は少しムッとする。

自分ばかりが別れを惜しんでいるように思えて仕方なかった。

「古都さんは……」

寂しくないんですか? と聞こうとして、やめた。

言わせても仕方ないことだ。

それに、古都はちゃんとした大人なのだから、割り切れるに違いないのだ。

少し唇を尖らせた遍が、観念して身を起こしかけたとき。


「ほな、ここ住む?」


一瞬、古都が何を言ったのかわからずに、遍は身を起こしかけたまま、古都の膝の上で固まる。

「えっ」

古都は遍を覗き込んで、少し首を傾げて見せる。

「部屋ひとつ空いてるし。そこお前の部屋にしたらええよ」

覗き込む古都の目は優しい。

遍は未だ古都が何を言っているのか分からずに、目を見開いている。

「……でも、そんなん、古都さん迷惑ちゃうん」

「迷惑やったら、最初からこんなん言わんやろ」

「でも……」

古都の手が優しく、遍の頬を撫でた。


「俺も、お前と居りたいんよ」


遍を送って帰ったあとの、この部屋の静けさ。

耳が痛くなるような静寂に、古都も次の週末を心待ちにするようになっていた。

ずっと一人で十分だった世界に笑い声と体温が入り込んで、まるで無機質な空間にあかりが灯ったようで。

規則性と合理性で生きてきた古都にとっての、とんでもないイレギュラー要素。

これまでの古都には、考えられないことだった。

「……ほんま?」

「何で泣いてんねん」

遍の目尻から溢れる涙を見て、古都は目を細めて、笑った。



引っ越しは古都の車を使った。

ハッチバックの後部座席を倒して、「ベンツに傷いったら……」と戸惑う遍を尻目に、古都はリアゲートからどんどん荷物を積んでいく。

必要なものは、スーツと私服、充電器、靴三足、折りたたみのローテーブルにノートPC。Switch2。ソフトはピクミンのみ。

「……少な」

「十分生活できてましたよ」

遍は腰に手を当て、あっけらかんと額の汗を拭った。


古都のマンションに向かう車内で、遍は自室の鍵を目の前にかざしてチャラ、と鳴らした。

「実は、あの部屋事故物件なんですよね~」

「えっ」

古都は思わず遍を見る。

「俺、こどもの頃から幽霊とか全っ然見たことないし、家賃めちゃくちゃ安いんで大丈夫やろ思って」

「え、で、それ、出たんか……?」

「それがね。結局一度も出なかったんですよ……! 住み始めてすぐの頃にね、商店街歩いて帰ってる時に占い師のおばちゃんに呼び止められてね。『とんでもない霊が部屋に居るが、強い市松人形の守護霊が守ってくれている』って言われて。なるほどね~! って」

「なるほどね~ってお前……」

玄関に備えていた小粒の落雁はその守護霊へのお礼で、占い師に貰ったアドバイスを素直に実行したものらしい。


結局、引越しは天満から中之島まで一往復で事足りた。

必要のなくなった家電や家具は、リサイクルショップに持ち込んだ。

最後の夜なので、一人でしみじみと過ごそうと思うと伝えると、古都は笑って送ってくれた。

遍はコンビニの袋を傍らに置いて、明日引き払う部屋の中央にごろりと寝そべって天井を眺めた。

カーテンも取り払って、入居のとき以来の眺めだ。

「ここ住んで、何年やったっけ」

一人で寝て。

一人で起きて。

仕事に行って。

帰って。

寝て。

遍が遍であることを守ってくれた場所だった。


「なんか、ありがとね」

部屋と、見たこともない市松人形に礼を言い、遍は硬いフローリングでタオルケットにくるまる。

少ししんみりしながらも、明日からの新しい生活に胸が高鳴っていた。


翌日、不動産屋に鍵を返したその足で遍は古都の家に向かった。





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