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第一章(7)誤解と和解

《登場人物紹介》

◾️吉野遍

4階から飛び降りても大丈夫かどうかこっそりググった。


◾️白川古都

冷蔵庫のプリン食べ忘れてるやつ、明日絶対食べてほしい。

ぼんやりとした光の中で、遍は目を覚ました。

全身を包む、心地よい疲労感。

グレーの遮光カーテンの隙間から差し込む日光が、朝を告げている。

一瞬、遍は自分がどこにいるかがわからなくなり、身じろぎをしようとして、自分の体を抱きしめるように回された手の重みに気付いた。その主の規則的な寝息、覚えのある甘い匂い。背中に伝わる体温。

(……白川先輩。うそ……俺、あれ)

遍は昨夜の記憶をひとつずつ手繰り寄せる。

甘い声。体温。少しだけ強引な、腕の力。

名前を呼ぶときの少し掠れた声を思い出して、遍はみるみる頬が紅潮してゆくのを感じ、両手で口元を覆う。


(……白川先輩、めっちゃうまかった……)


あんなに気持ち良いセックスは、生まれて初めてだった。

(憧れの、白川先輩と……)

一夜を共にした喜びと同時に、涙が滲み、嗚咽が溢れてくる。

「……ふ、……っ」

遍は古都に気取られぬよう、枕に顔を押し付けた。

嗚咽の振動で、古都が薄らと目を開ける。

「……ん、どうした、吉野。泣いてんのか」

遍の嗚咽に気付き、古都は慌てて上体を起こした。

腕の中で遍は身体を丸めて震わせている。

「どしたん……どっか痛いんか」

心配してくれている優しい声にまた涙が溢れ、遍はただ首を振る。

「吉野?」

「……先輩、ありがとうございました……」

遍は枕に顔を押し付けたまま、普段からは想像もできない、蚊の鳴くような声で、言った。

「俺、昨日の夜こと、先輩に優しくしてもらったこと、絶対忘れません……一生の、思い出にします……」

「うん」

古都は小さく笑い、その長い指で遍の黒髪を優しく梳く。

しかし、垣間見えた遍の泣き顔が思いのほか悲壮に暮れているように見えて、古都は眉を顰めた。

(……うん?)

何かがおかしい。

嗚咽を殺しながら震わせるその肩を撫でながら、古都は、遍を覗き込む。


「……あの、吉野。中坊みたいなこと聞くんめっちゃ恥ずかしいんやけど……、俺ら、付き合う、で、ええんやんな……?」


ひく、とひときわ大きく嗚咽を鳴らして、遍は古都を見上げた。

「……え?」

涙を溜めた目を見開いて、ひどく驚いた様子で。

「えっ?」

その反応に古都も驚き、固まる。

眉を顰めて、遍は震える声をしぼりだす。

「だって、白川先輩、ストレートでしょ……?」

「え?……いや、」

「総務の江永さんと付き合ってたんでしょ……?」

「ん、まあ……てかなんで知ってんねん……」

遍は同僚の噂を思い出して、飲み込んだ。

仕事ができて、大好きな二人がとてもお似合いで、少し悔しかったからだ。

「江永とは、三か月前に別れた」

「でも、俺が必死で可哀想に見えて、一晩つきあってくれたん、でしょ……?」

「……吉野、俺は別にストレートってわけやない。そいつのこと好きや思たら、それが男やろうと、女やろうと、関係ない」

「はい」

遍は古都を見上げて、頷く。

「……」

「……?」

「……だから! お前が男やからとか、関係ないって」

古都は自分の耳が熱くなるのを感じながら、遍の顔がみるみる赤くなってゆくのを見た。

「……へ? じゃあ……先輩が、俺のこと、好きってことですか……?」

古都は顔を赤くして頷いた。

人前で赤面するのなどいつぶりか、自分ではもう思い出せなかった。

「白川先輩が!?」

「俺を!?」

なんの罰ゲームかと思いながらも、古都はそのひとつひとつに丁寧に頷く。

「ええええ……?!」

変な悲鳴をあげながら、遍はまた枕に顔を押し付ける。

「この部屋に誰か入れたんも、お前が初めてや」

「嘘や〜、江永さんは?」

「全部外で会うてたよ。やから、家に入れたんは吉野。お前が初めてや」

そう言って、古都は遍の頬にかかる黒髪を指で撫でる。

遍はまだ信じられないという顔をして、目線だけで古都を見る。


「……先輩は、俺のどこがよかったんですか……?」


遍のその不安と緊張が混ざったまっすぐな声に、古都は困ったように眉を下げて笑った。

「……お前が、俺のアドバイス必死にメモして、コンペで負けて落ち込んで、それでもまっすぐに俺を見てくれるから。気付いたら、俺の方がお前しか見えんくなってた」

「……っ、先輩」

「……お前に会う口実探してな。お前がいきそうな時間見計らって自販機行ったり。けど、仕事の関係やって自分に言い聞かせて、ずっと我慢してたんやで」

遍は驚いた顔のまま飛び起きて、おずおずと古都を正面から見つめる。

「……俺も、俺も先輩会えるかな思って、先輩が来そうな時間に自販機行ってました……」

そうして、涙をためたままの目で、笑った。

「えー、これ夢ちゃうやんな? 夢オチとか俺絶対嫌ねんけど……!」

「夢ちゃうわ、ほら」

古都は笑って、遍の身体を確かめるように強く抱きしめる。

遍はおそるおそる、古都の背中に手を回した。

確かな体温と、古都の匂いがした。

「夢ちゃうー」

遍の目から、また新しい涙が落ちてゆく。

その温もりを確かめるように、強く、古都に抱きついた。


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