第一章(5)俺、一生ついていきます!
《登場人物》
◾️吉野遍
家族構成…母親、姉。
恋愛遍歴…高校時代の部活が同じでいっこ下のみくちゃん。
ペットはお祭りですくった黒出目金を5年くらい飼っていた。
◾️白川古都
家族構成…両親、姉、妹。
恋愛遍歴…そのときそのときで誰かがいる。総務の江永さんとは3年付き合っていた。
ペットは買ったことないが、犬との生活ってこんな感じなんなかあと最近思っている。(いい意味で)
金曜の夜。
二人は肥後橋と本町のちょうど中間あたりのイタリアンバルのカウンターでグラスを合わせた。
社内コンペに負けて落ち込む遍を労うために、古都が「うまい肉食わせてやるから」と誘った。
古都は白のスパークリングの辛口、遍は薄めのキティ。
「俺、やっぱダメやな〜」
肩を落としてキティをちびちび飲む遍の声が少し掠れている。もしかしたら一度職場のトイレで泣いたのかもしれない。
「……吉野はダメちゃうよ。お前、相手の顔よう見てる。数字なんか後から覚えられるけど、人に興味持てるやつは、案外少ないからな。そこがお前の強みやろ」
「そんなん言うてくれんの白川先輩だけですよ〜」
「そんなことないやろ。ほら。ここビステッカ美味いから。好きなもん頼め」
「先輩〜! 俺、一生ついていきます!」
「……400gのビステッカに?」
「はい!」
古都はふふっと笑って、オーダーのために手をあげた。
古都の黒のワイシャツの右袖から、高級そうな腕時計が覗く。
ああ、左利きなのか。と、遍は心の端で思った。
「先輩〜ごちそうさまでした!」
店を出たところで、遍は頭を下げる。
これまで、何度も払う払わせないの攻防戦を繰り広げ、今日もあえなく惨敗した。
今遍にできることは、誠心誠意お礼を伝えることのみだ。
「週明けからまた、元気出せよ」
「はい!」
遍は古都を見上げて、少しだけ何かを言いたそうにして、にこりと笑った。
楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。また月曜日の自販機前まで会えない。
古都はいつものように、駅に向かう自分を見送ってからそこの通りでタクシーを拾うだろう。
「……じゃあ俺、本町から帰ります」
「ほな俺も駅前用事あるからそっちいくわ」
古都は、遍に並んで歩き始めた。
もう解散なのだと思っていた遍はびっくりして立ち止まってしまう。
古都は立ち止まり、肩越しに遍を呼んだ。
「何してんねん。行くぞ」
公園を突っ切るように、どちらからともなくゆっくりと歩く。
今日が終わるのが惜しいと思っているのが、自分だけでなければいいのに、などと遍は思ってしまう。
だって、帰ると思っていた古都がまだ隣に居るのだ。
遍は酔いも手伝ってふわふわとした気持ちになった。
「あーあ。一日って終わんのはやいですね。土日長いな〜」
「土日嫌いなやつ珍し」
古都はポケットに手を突っ込み、遍に歩調を合わせている。
「……だって、土日は白川先輩に、会えへんやないですか」
聞こえるか聞こえないかの声で遍は呟き、顔が赤くなってしまったのを隠すために少し俯いた。
古都が驚いた顔でこちらを見ているのが気配で伝わる。
「……」
「じ、自販機のとこで先輩に会えるの、楽しみなんです。この時間やったら会えるかなーって、思って、いっつも……」
二人は、街灯の下で自然と足を止めた。
「……俺、今日が、終わってほしくないです……先輩と、もっと一緒に、おりたい」
街灯に照らされて遍の必死な顔が火照っているのが手に取るようにわかった。
「……」
古都は無言だ。
遍は一瞬で正気に戻る。自分はいま、とんでもないことを口走ってしまったのかもしれない、と。
今笑い飛ばせばまだ冗談にできるかもしれないと遍が顔を上げたとき。
古都は眉を下げてくすくすと低く笑いながら、俯いている遍に、一歩、身体を寄せる。
「……せやな。俺もや」
「ええ!?」
遍は驚いた顔をして古都を見上げた。
「……なに驚いてんねん」
「え、だって……」
(あの、白川先輩が……?)
(俺なんかに……?)
遍は処理が追いつかず、口をぱくぱくとさせる。
「吉野。俺かって男やで? お前みたいに可愛い後輩にそんなこと言われて大人しく帰せるほど、俺は人間できてへんぞ」
「……先輩」
古都は大きな手を遍の頭にぽんと優しく乗せて、ふっと口元で笑う。
「――なあ、吉野。俺ん家で飲み直すか?」
遍はこれは夢かもしれないと思いながら、古都の提案に首を縦に振った。
古都の背中に続いて、遍はコンビニに入る。
店内は眩しく、俳優の明るい声でキャンペーンの店内放送が流れている。
「なんでも好きなもんいれな」と、古都はカゴを手にしてハイボールとワイン、つまみを選んでいる。
遍がカゴにそっと焼きプリンを入れると、古都は思わず噴き出した。
「プリンて」
「すみません俺ちょい動揺してます……」
遍は耳まで真っ赤にして頭をかいた。
「酒は?」
「俺あんまり強くなくて……」
「ノンアルでもええよ、なんか入れな」
言われるままにレモン味のノンアルの缶を入れて、遍はおずおずと古都を見上げた。
「もうええの?」
「はい」
声が上擦って居たかもしれない、と遍は内心焦った。
腹の中に隠した期待が、喉からぞろぞろと這い上がって来そうだった。
会計を済ませ、古都は目の前の通りでタクシーを拾う。
白いシートに先に遍を座らせて、古都は運転手にスマートに行き先を告げた。
金曜夜23時の四つ橋筋はいつも通りに渋滞していて、ビルの光が暗い川面に滲んで揺れている。それを橋の上から眺めながら、遍は視界の端で古都をちらりと見た。
暗い車内で古都はシートに身体をゆったりと預け、窓に頬杖を着いている。
ふと、視線に気付いたのか、古都が遍を見て静かに笑う。
それだけで、遍は心臓を直接掴まれたような気がして、気取られぬように胸を抑えた。




