表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/37

第七章(6)二つの願い《最終話》

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

《登場人物紹介》

◾️吉野遍

好きなおでんの具……ウインナーと卵!

◾️白川古都

好きなおでんの具……大根、しらたき、ごぼう天

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「古都にはもう、何も失ってほしくないんよ……」

遍はぽろぽろと涙をこぼした。

「俺は、お前を失うことが一番辛いわ、あまね」

遍は縋るような目で古都を見て、また目を伏せる。

今すぐ、目の前にある古都の胸に飛び込みたかった。

それでも、遍は爪が真っ白になるほど、手を握りしめた。

「……けど、古都は……バイやん。俺がおったら、あるかもしれんあと半分の可能性を、俺が一生潰してしまうんやで? そんなん、古都が可哀想やんか……!」


リビングに、静寂が満ちた。

古都は、目を細めて遍を見た。


「……可哀想?」


「……え?」

「俺は、可哀想なんか?」

古都は手を伸ばし、遍のジャージの襟元をぐっと引き寄せた。

「お前はいつもそうやって、『俺なんか』って身を引くことで一人で勝手に帳尻合わせて納得してるよな。けど、お前を選んだっていう俺自身の決断を『可哀想』って言うてしまうんは……ちょい、俺に対して失礼ちゃうか?」

「……」

「もちろん、お前自身の人生に対してもやぞ」

「古都……」

「俺は、何度も選んだ。誰に強制されたわけでもない。お前がええって選んで、今ここにおるんや」

古都の大きな手が、遍の涙で濡れた頬を包み込む。

指先が、少しだけ震えていた。

「俺の決断がいっときの迷いやって言うんやったら、互いに冷静になるために一年間距離置いてもええわ。せやけど、俺は366日目の朝にお前を迎えに来る。今更変わる気持ちなんか、いっこもないわ!」

まっすぐに見つめてくる強い瞳。

遍がずっと憧れて、愛してきた男の目だ。

「お前はどうなん、あまね……俺とおるんは、もう、嫌か?」

「……いやな、わけ……」

「選んでくれ、あまね」

古都は遍の額にじぶんの額を預けた。息がかかるほどの距離で、懇願するように囁く。

「俺とおったら、これからもこんなしがらみはきっといくらでも出てくる。そのたびにお前を泣かせてしまうかもしれん。けど、その度に俺はお前を守る。絶対に守る。……こんな面倒な男でも、選んでくれるか? それとも、こんなややこしい男は、嫌か……?」

古都の手のひらが、遍の指先を包んだ。

「……お前自身の、本当の気持ちが聞きたい」

鼻が触れ合うほどの距離で、見つめ合う。

「……古都」

遍が意を決して息を吸い込んだとき。


キッチンから、わざとらしい咳払いがひとつ、聞こえた。

二人が一斉にその声のほうを向くと、母親がニコニコと笑って立っていた。

「……えっと、おかーさん、コンビニ行ってくるから。まあ。その。ごゆっくり」

そういってカニのように歩いて二人の傍らを通過し、ダウンを羽織り、三和土に降りる。

二人は無言でそれを見守る。

カチャン。と玄関の鍵が落ちて、吉野家にまた静寂が戻った。


二人は再び顔を見合わせた。

耐えきれずに、二人同時に吹き出した。

「えっ……はっず……全部おかんに聞かれてたんか俺……」

「いや、俺もかなり恥ずかしい……」

手のひらで顔を覆う遍を、古都はその手首を優しく取って、上を向かせる。

少しだけ緊張の解けた瞳が、柔らかく遍を見つめている。

古都は遍の手首を持ったまま、その手のひらを、自分の頬に当てた。

遍の、人よりも少し高い体温。

じわり、と伝わるその熱に、古都は目を細めて笑う。

「お前の温さに、俺はずっと救われてきたんやで」

仕事が行き詰まったときも。孤独に飲み込まれそうな夜も。

自販機の前の、屈託のない笑顔に。

「お前の体温と笑顔に、ずっと救われてきた……」

遍の温かい手のひらに、古都は頬擦りをした。

この温度を、忘れないように、記憶に刻もうとするように。


「——愛してるで、あまね」


初めての古都のその言葉を、遍は一生忘れないでおこうと思った。

新しい涙が、頬を伝う。

(俺もやで)

遍は溢れる涙を拭いもせず、古都の頬を撫でる。

(俺も、ずっと、古都に救われてきたんやで)

同期に負けた日も。出先で酷い目にあった日も。誰も愛せないのではないかと恐れていた夜も。

(古都……)

遍はもう片方の手も、古都の頬に添えた。

「古都……、」

あまね、と古都は声にならない声で遍を呼ぶ。

「古都ぉ……」

古都の輪郭を確かめるように、遍は頬を撫でる。

「俺……古都のお父さんに、真正面から、古都のこと幸せにするって言えへんかったぁ……」

「あまね……」

「どんな困難にも負けへんて……言えへんかったぁ……」

泣きすぎて赤くなった鼻を啜って、遍は古都の目を真っ直ぐにみた。

「ほんまは……言いたかった……古都が好きですって……絶対離れませんって……っ」

「あまね……っ」

古都は遍を強く抱いた。

遍は古都のスーツ背中に手を回し、もう決して離さないと言うようにその布を強く掴む。

「古都が、好き……古都とおりたい……ずっと、一緒におりたい……っ」

「……あまね、ほんま?」

「こと……」

互いの唇の位置を探るように鼻を擦り合わせて見つめ合う。

そうして、二人はゆっくりと唇を重ねた。

惜しみながら唇を離し、古都は遍の頬を親指で撫でながら、その瞳を覗き込む。

「……俺の願いは、お前と出会ったときからずっと一緒や」

初詣でも、まるでこどものようにそう願った。

遍の目の奥の奥を、その心のいちばん柔らかい場所を覗き見るように、古都はそっと額を合わせた。

互いの睫毛が触れ合いそうなほど近い距離で、熱い吐息が混じり合う。


「……お前と一緒におりたい。ほんまに、それだけ」


古都の低く穏やかな声が、遍の胸の奥底にじわりと溶けてゆく。

ずっと張り詰めていた胸の底の氷が、その一言で一気に溶けてれていくようだった。

「お前は?」

古都の低い声は少しだけ余裕のなさを含んで掠れていた。

遍は古都の背中を、そのかたちを確かめるようにゆっくりと撫でた。


「……古都と、離れたくない」


付き合い始めたころの遍の姿を思い出して、古都は眉を下げた。

同棲前に、「帰りたくない〜」と駄々をこねて転がっていたあの夜の。

(そうか。遍も、ずっと同じこと言うてくれてた)


「ほな……一緒やん」


古都の願いも、遍の願いも。

ずっと、最初から同じかたちをしていた。


「一緒におろ。あまね。家のことで迷惑かけるかもしれん。けど俺が守るから。一緒に、帰ろ。」

「俺は、また俺なんかって言うてしまうかもしれん……でも、もう古都と離れたくない……」

古都は愛おしげに遍の黒髪を指で梳き、目を細める。

それから互いの頬を包み、まるで許しあうように、ふたりはゆっくりと唇を重ねた。


唇を惜しむように離し、二人は少しの隙間も許ないとでもいうように抱き合った。

互いの体温が心地よい。

遍は古都の首筋に顔を埋めて、その大好きな匂いをかいだ。


「あいしてるで、あまね」

「おれも。愛してる。こと」


もう一度唇を重ねようとしたそのとき。

玄関の鍵が回る音がした。

「ただいまー。終わった?」

拍子抜けするほど明るい遍の母親の声が玄関から届く。

んふ、と笑って古都が口を押さえ、遍が少し顔を赤くして「終わったおわった!」と言った。

コンビニの袋をさげた母親がリビングに入ってきた。

「はー寒かった。あ。古都くん、泊まるやろ? 歯ブラシ買って来たで。ご飯食べた? カレー食べる?」

矢継ぎ早のその口調に、いつかの電話を思い出して古都は声を出して笑った。

その穏やかな笑顔をみて、遍もつられて笑う。

きっと古都は、こんな家カレー食べたことないだろう。

「おかんのカレー美味いで。じゃがいもゴロゴロで」

古都は遍と母親を見て目を細めて、笑った。




「いただきます」




《終》


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ