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おまけ

(どこや、あまね……)


古都は速足で玄関に向かい、遍から贈られたキーフックを手に、玄関を出た。


まず思いついたのは、社内データベース。職員の個人情報だ。

休日の職場はほかのフロアにちらほらと休日出勤している社員がいたが、幸い経営戦略部のフロアは無人だった。

古都は自分のラップトップを立ち上げる。

起動画面をもどかしい思いで見守りながら、認証 ID を打ち込み、わき目もふらず社員データベースにアクセスする。

ツリー表示される部署ごとの社員名。

企画部 企画課 ——瀬尾正志

確定ボタンを押すと、 「閲覧権限がありません」というウィンドウが表示された。

「うーーーーー」

もうセットも何もあったものでは無い髪を雑に搔きあげながら、古都は唸った。

今日が休日でよかった。

こんな姿、とてもではないが同僚には見せられない。

古都は傍らにおいたスマホを目を細めて睨む。

しばらく睨んだあと、「仕方がない」という顔をして手に取り、連絡先を検索した。






「……なに?」


総務課の江永聡子は、訝しみながら元彼からの一年ぶりの電話に出た。

白川古都と別れて以来、連絡など一度もなかったというのに。

一度は見送った。

諦めたあと思いきやまたすぐに着信。

これは出るまで続くやつだ、と江永聡子は確信した。

今更一体なんだというのだろう。本屋の帰りに寄ったカフェで、江永は少しだけ声を潜めて電話に答えた。

「悪い。力を貸してほしい」

耳を疑った。白川古都が江永にそんなことをいうのは、はじめてだった。

江永が午後の予定を切り上げて会社に向かうには、十分の理由だった。

電話では詳細を教えてもらえないまま、江永は休日の経営戦略フロアに来た。

白川古都はスーツで、しかも白いワイシャツだった。

(黒い悪魔が白着てる……)

今日は珍しいものばかりを見るなと思いながら、江永は眉をひそめる。

白川古都は江永にに向き直って、頭を下げた。

「……え、なに?」

「頼む。社員の連絡先を教えてほしい」

「え、なんで? 理由は?」

「人捜してる! 頼む、後で叱られるから」

「ええ~」

その気迫に押されて、江永は自分の権限でデータベースにログインした。

白川古都の腰で、ジャラ、と大ぶりのキーフックが鳴った。彼の趣味ではないそのキーフックにひどく違和感があった。

すぐそばに居る男は、白川古都でありながら、江永の知っていた白川古都ではなかった。


白川古都に言われるまま、企画部の社員の連絡先を表示する。

「すまん!」

白川古都はその電話番号を目にもとまらぬ速さでスマホに打ち込み、電話をかけた。

スマホ早打ち大会で優勝できるんじゃないかと江永は思った。

「知らんからね……」



古都はスマホを手にその場を離れると、なるべく江永聡子に聞かれないように、フロアの端に移動した。

コール音20回目に、瀬尾はやっと電話に出た。

「もしもし……」

訝しげな声の瀬尾に、古都は食い気味に名乗った。

「経営戦略の白川や」

「えっ」

電話の向こうで、背筋が伸びた声がした。

「なんで、えっ、」

「詳しい話はあとや。お前んとこに吉野行っとるか?」

「えっ、吉野?! うちにですか?…………来てないですけど」

古都は目を細める。

「なんやその間。ほんまにおらんのか?」

「え、いませんて。なんですか白川主任、吉野がどうしたんですか?」

「……」

瀬尾の質問には答えずに、古都は黙る。

瀬尾の声色にどうやら嘘はないようだ。

「……ほな」

古都は指で額を押さえる。


「……あいつが困ったとき行きそうなとこって、どこ?」


電話口の瀬尾はしばらく黙っている。

流石の瀬尾でもわからんか……と古都はため息をついたとき。

「実家、ちゃいます……?」

瀬尾がぽつりと呟いた。

「あ。でもあいつ今実家住みですよね。じゃあ違うか——」

そのとき、視界の端で江永聡子が「もう帰るから」というジェスチャーをし始めたので古都は電話しながら「ちょっと待って!」というジェスチャーで呼び止めた。

「瀬尾、ありがとう! また礼するわ!」

一方的に電話を切って、古都はまた江永聡子の元に走りよった。

「ごめん、江永! もう一個だけ調べて!」




営業部 営業一課 吉野遍の、実家の住所——

江永は、白川古都を横目でチラリと見た。

(なんでこの人、こんなに一生懸命になって吉野くんの住所調べてるんやろ)

はた、と手を止める。

(え。もしかして私今ストーカー案件に加担してる……?)

そう思って、江永は小さく首を振った。

さすがにそこまでする男では無い。

それは江永自身がよく分かっている。


そもそも、白川古都がここまで取り乱しているところを見たことがなかった。

それは、仕事中も、三年間付き合っていたときも。

いつだってスマートで、卒がなくて、完璧で、かっこよかった。

そして、家の中にも心の中にも、最後まで入れてくれることはなかった。

白川古都の横顔は、データベースシステムの処理をもどかしげに見つめている。その真剣な、目。


(あー。)


江永は、ピンときてしまった。

彼の趣味ではない小物。

焦って取り乱す姿。

下手くそなジェスチャー。

システムの処理が走り、吉野遍の実家の住所が画面に表示された。

白川古都はその画面をスマホで写して江永に向き直った。

「江永、ありがとう……、礼、またするから……!」

そういって、経営戦略のフロアを去っていく。

キャビネットにぶつかりながら。

白川古都はぶつけたところをさすりながらもう一度振り返った。


「聡子! ほんまにありがとう!」


そう言って、白川古都はドアの向こうに消えた。

嵐が去った無人のフロアに、江永はひとりぽつんと残された。

なんだったんだろう、と江永は思った。

けれど、なんとなく、分かってしまった。


「ふふ。」


江永は、他人事なのになんだか嬉しくなってしまい、ひとりで小さく笑った。





後日、白川古都から江永のデスクにお気に入りのお高いショコラティエの箱が届いたので、江永聡子は社内メールでお礼の返事とともにコンプライアンス研修の受講案内とURLを送付した。

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