第七章(5) 来訪者
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《登場人物紹介》
◾️吉野遍
古都の身体で一番好きなところ 手のひら
◾️白川古都
遍の身体で一番好きなところ 高めの体温
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午後九時半。
吉野家のインターホンが鳴った。
「何、こんな時間に」
母親がコタツに入ったまま、玄関を見る。
様子をうかがっていると、もう一度鳴った。
遍は缶ビールを握りしめたまま謎のアヒルの置物を前にグズグズと鼻を鳴らしていて使い物にならない。
酔っ払ってポヤポヤになった息子が突然キャリーからこの謎のアヒルを取り出して泣き出した時は本当におかしくなってしまったのかと心配した。
母親は立ち上がり、インターホンのモニターを見た。
「あれ。」
母親はインターホンで応対せずに、玄関に向かった。
ドアを開けると、そこには長身のスーツの若者が姿勢よく立っていて、母親の姿をみて驚いたような顔をしたのち、丁寧に頭を下げた。
「夜分遅くに申し訳ありません。吉野さん……俺、白川と申します。あの……あまね、おりますか」
母親は全てを察したようににこりと笑った。
「どうぞ、あがって」
遍はこたつに置いた頑張らないアヒルを鼻先に置き、愚痴を聞いてもらっていた。
背後に気配がしたので、空になった缶を掲げて振り返った。
「おかん、ビー……」
遍は絶句した。
そこに立っているのは、母親ではなくて古都だったからだ。
朝着て行ったスーツのまま、いつも整っている髪は少し乱れて、額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「古都、なんで……」
「なんでやないわ……っ、黙って出ていくやつがあるか!」
いつも冷静な古都の声が、聞いたこともないほどに荒れている。
「なんでここが分かったん……?」
古都は一瞬言い淀み、「……後で言うわ」と話を逸らして、一歩、また一歩と遍に近づいた。
「お前、なんで勝手に出て行った。何のために俺が……」
「だって……!」
遍の目にまたじわりと涙が滲む。震える手でジャージの袖を握りしめて、俯いた。
「だって、古都はええ家の子で、家継がなあかんのやから。俺なんかとおったら、全部めちゃくちゃになってまうやん……!」
「俺は家は継がん。父親には鍵も実印も全部返してきた。」
「……そういう訳にはいかんやん! 縁切るとか、そんな簡単なことちゃうやんか!」
「簡単ちゃうのは、よくわかってるよ。鍵やハンコひとつでどうにかなることちゃうってわかってる。けど、それが俺の意思や」
「せやけど、せやけど古都は長男なんやで?」
「長男やから何やねん……そんなんもうどうでもええ。お前にあんな失礼なことをした、あの父親を俺は許せへんのや!」
遍は息を呑んだ。古都がどれほどの決断をしたのか。その覚悟の重さに、内臓が震えた。
「でも……古都が家を捨てるってことは、澤江さん達とももう会えへんなるってことやで? 大切な人たちなんやろ? あそこは古都の大事な場所なんやろ? それを全部失うんやで……? わかってるんか!?」
あの美しい景色に囲まれた静かな離れと、碁盤。
「おかえりなさい」と笑う顔。
古都は目を細めて、そのぬくもりを思った。
「わかってる……わかってるよ、あまね」
古都は静かに膝をつき、遍の視線と同じ高さに顔を寄せる。
その瞳は静かに潤んで、泣き出しそうなほどに揺れていた。
「……それでも、俺の人生にほんまに必要なもんが何かを考えたら、お前と生きて行くことしかもう何も残らんかったんや」




