第一章(3)地縛霊かと思た
《登場人物紹介》
◾️吉野遍
自販機に行くとそのときそのときで飲むものが変わるが、ここ最近はいちごミルクの350mlがマイブーム。
新商品は必ずチェック。
◾️白川古都
「吉野です」って言われてから、遍のことを「営業の社員のひとり」じゃなくて「吉野」と認識。
怖がらずに話しかけてくるので珍しいやつだなと思っている。
たまに遍のスラックスのポケットからはみ出ているキーホルダー見て、(あれなんやっけ、奈良のゆるキャラの……いや、ゆるくないけど……鹿の角生えたボウズのやつ……ナニ君やったっけ……)ってずっとモヤモヤしてる。
遍は意気消沈していた。
自販機に小銭をつぎ込んで、コーヒー牛乳にしようかクリームソーダにしようか迷いながらサンプルを焦点の合わない目で見つめ続け、痺れを切らした自販機がタイムアウトで小銭を排出したことにも気付かないほどに。
「うわ。」
突然、背後から聞こえた声に遍は我に返り振り向くと、そこには白川古都が立っていた。
「びっくりした。地縛霊かと思た。吉野か」
「……白川先輩、お疲れ様です」
「何してんの。金ないんか」
「え? あ、や。大丈夫です……」
遍はボタンを押そうとして、小銭がバックされていることに気づいて慌ててもう一度小銭を入れてクリームソーダを買った。
遍が脇に避けると、白川も続いて電子マネーでブラックコーヒーを購入した。
白川が身体を屈めたときに、ふと甘い匂いが漂う。
(へー。鉄の壁がこんな香水付けてんの、意外)
「白川先輩、俺、コンペ負けてばっかで泣きそうなんですよ」
そう言って遍は大きなため息を吐いた。
今回のコンペは同期に負けた。それでさすがにへこんで、地縛霊みたいに佇んでいたのだった。
「コンペも負けるし、経営戦略には落とされてばっかで……俺、向いてへんのかなあ……」
白川はブラックコーヒーを一口飲む。
「いや」
「え?」
「お前は、まあ、正直いうと……」
遍を見るでもなく、自販機に背を預けたまま続ける。
「数字はまだ甘い。資料も詰めが足りん」
「うっ」
「吉野、お前『先方の反応良かった』言うてたやろ」
「はい」
「何人会った」
「え?」
「何社回って、何人に聞いて、そのうち何人が好感触やった」
「……えーっと」
「『めっちゃ良かった』言う前に、数えろ」
遍は、黙る。
「お前の感覚自体は間違ってへん」
「……え?」
「けど、その感覚をそのまま会議に持ってっても誰も分からん」
白川はコーヒーをひと口含む。
「『十人中八人が興味示した』。『三十社回って十五社が同じ悩み抱えてた』――言い方変えるだけで、『感想』が『材料』になる」
「……」
「お前はちゃんと現場見てる。相手が何に困ってるか、何欲しがってるか、それを拾えてる」
遍、黙って耳を傾けている。
「情熱あるし、誠意もある。……それは教えられて身につくもんちゃう」
白川は、コーヒーを持ったまま遍を見る。
「それはしっかりとした、お前の長所やと思うぞ」
「……」
「なんや」
「……え」
「なんでそんな顔してんねん」
「いや……」
(この人、人褒めたりするんや……)
「あの、あの……ありがとうございます! ちょっと元気出ました!」
「そりゃよかった」
白川は手をわずかに上げて、廊下を歩いていった。




