第六章(5)古都のお見合い
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《登場人物紹介》
バレンタインデー編
◾️吉野遍
とんでもない量の友チョコを貰う。
ホワイトデーが訳分からなくてチロルチョコとかパラソルチョコめちゃくちゃ配って「かわいー」って喜ばれている。
◾️白川古都
そこそこの義理チョコと一定数本命を貰う。
貰ったチョコはすべて遍にあげている。
ホワイトデーはきちんとデパ地下の義理ラインナップでお返しする。
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見合いは三連休の中日で、その日は朝から少し雨だった。
カーテンを開けて空模様を確認してから、古都は小さくざまあみろ、と呟いた。
既に目を覚ましていた遍は布団の中でその声を聞きながら、このまま寝たふりを続けるかどうかを悩んでいた。
どうしようもないことながら、昨夜はよく眠れなかった。
不貞腐れたように行ってらっしゃいを言わないのもこどもっぽいが、起きたところでちゃんと笑って送り出してあげられる自信もなかった。
古都が寝室を出て行ったので、遍はようやく寝息のふりをやめ、ため息をひとつついた。
会は11:30から、京都市内の老舗ホテルで行われるそうだ。
きっと絵に描いたような完璧な景観に完璧な料理。そこに作り笑いと社交辞令が飛び交うのだろう。
そんなところで古都はどうやって断るつもりなのだろう。
親や相手の手前、断れない雰囲気になってしまったらどうするのだろう。それに。
——もし、相手がとても相性のあう人だったら。
遍の胸がぎゅう、と痛む。
(……そのときは、「選んで」くれたらいい)
遍は背を丸くして、シーツをキュッと掴んで息を止めた。
しばらくしてまた寝室のドアが開いたので、遍は反射的に寝たふりをした。
近付いてくる気配を背中で感じながら、寝息のようにゆっくりと息を吐く。
困ったように笑う声がして、古都の指が優しく遍の頬を撫でた。
「……行ってくるで」
耳元で小さく囁かれても、遍は寝たふりをした。
古都の指が離れ、次に足音が離れてゆく。
ドアノブが回る音に、耐えきれずに遍は身体を起こした。
「古都……っ」
古都は振り返り、少しも迷いのない顔で遍の目をまっすぐに見つめて、穏やかに笑った。
「すぐに帰るからな、あまね」
そう言って布団に遍を残し、古都はドアの向こうに消えた。
鹿威しが軽い音を立てて鳴る。
(そんなベタな……)
——と、遍なら言うだろうなと思いながら、古都は涼しい顔をして、庭を眺めていた。
会食は予想通り、両家の作り笑顔と社交辞令と欺瞞の渦巻く仮面舞踏会のような様相を呈した。
やっとお決まりの「若いもの同士で」のターンとなり、古都は両家の親に退室を願って、相手の女性と二人きりになった。
白地に紫の杜若をあしらった総縮緬の振袖を着た相手の女性は、市内の大企業の会長の娘だった。
文学部でフランス文学を学び、オペラ鑑賞を好み、フルートを嗜み、一流企業に務めながら市民で結成されるフィルにも在籍しているという。
「今日は生憎のお天気でしたね」
にこりと笑いかける相手に古都も笑顔で返し、このタイミングで届けられた食後のコーヒーを勧めて姿勢を正した。
「この度は、貴重な時間をいただき、ありがとうございます。あなたにどうしてもお伝えしたいことがあって」
そう言うと古都は座布団から身体を外して畳の上に正座し、頭を下げた。
「……白川さん?」
相手の女性はびっくりして口に手を当てキョロキョロと部屋を見回すが、古都によって人払いされた部屋には家族はおろか給仕の気配もない。
女性がおそるおそる古都を見ると、古都は頭を下げたまま、口を開いた。
「……今回のご縁、なかったことにさせていただきたいのです」
女性の息を飲む声が、部屋に小さく響いた。
古都はしばらく息を止めて、もう一度息を吸った。
「……私には現在、男性のパートナーが居ます。その人と、一生を共にする覚悟もしております。にもかかわらず、我が家の独善的な都合に巻き込んで、あなたやご家族の貴重なお時間とお心を無下にしてしまいました。全ては、事前にこの場を止めることができなかった私の力不足です。心からお詫びを申し上げます。しかし私はあなたのこれからの人生に、泥を塗るつもりはございせん。このお話は私が全責任を持って、あなたやご家族の面子を潰さない形で収めます。あなたには一切の非がないように立ち回ります」
淀みない古都の言葉に女性は目を丸くしてしばらく黙っていたが、立ち上がり、古都の傍らに膝をついた。
「……お顔を上げてくださいな」
古都の肩に、たおやかな女性の手が添えられる。
「……お話は、分かりました」
古都は顔をあげ、女性に向き直ってもう一度頭を下げた。
「もう謝りっこなしですよ、白川さん」
女性は柔らかく笑い、もう一度古都に顔をあげるよう促す。
「……私は『親の道具でしかないのか』と自問自答しながら生きてきました。そして自問自答しながらも今日ここに座っています。白川さんの勇気は、私を力付けてくれた。私はもしかしたら白川さんのようにはなれないかもしれない。……けれど、今日の白川さんは、私にとっての希望となりました」
女性は少し涙ぐんで、作り笑いではない、二十代の女性の素顔で笑った。
「……白川さんのお相手の方は本当に幸せな方ですね。私でお力になれることがあれば、協力させてください」
「……ありがとうございます。私こそ、あなたに何かお力添えできることがあれば、いつでも」
「今日、たくさんの勇気をいただきました。もう十分ですわ」
どうぞ、頑張って。と、女性は頭を下げた。
庭でもう一度鹿威しが鳴った。




