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第六章(3) 元旦

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《登場人物紹介》

◾️吉野遍

二つ上の姉の名前は「八尋(やひろ)

めちゃくちゃ怖い。

近所のスーパーまでパシリをさせられていた。

今でも姉ちゃんが実家帰ってきてたらちょっと背筋伸びる。


◾️白川古都

大学は家からでも全然通えるのに一人暮らししていた。

とにかくはやくあの家を出たかったから。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

古都は元日から鰹で出汁を取り、白味噌に根菜と鶏肉と丸餅を入れた京風の雑煮を作った。

おせちは全てを作るわけではなく、選りすぐりを古都が年の瀬のうちに小ぶりの重箱に詰めた。

遍リクエストの数の子とローストビーフを、古都の好みで紅白なますと胡桃入り田作りを作り、紅白のお高い蒲鉾と栗きんとんの代わりに渋皮煮を取り寄せた。

なんでも、渋皮煮といえばここという店が京都にあるらしい。


黒塗りの椀によそわれた雑煮に鰹節をふんだんに盛り、二人は重箱を挟んで手を合わせた。

「めっちゃいい匂い。うちはすましに角餅と三葉やったから白味噌新鮮やわ」

遍は雑煮の出汁の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

「これも瀬戸さん仕込みなん?」

遍の質問に、古都は小さく首を傾げた。

「出汁の基本は瀬戸さんやな。でも、その他はうちの家で作ってたやつを真似ただけ」

家の雑煮と言えど、誰かに教えてもらった訳ではない。

正月に白川家の台所で使用人が代々伝わるレシピ通りに作った具と味を古都が再現しただけであった。

「そっかー」

「お前ん家の、すましの雑煮も美味そうやな。出汁は?」

今度は遍が首を傾げた。

「んーーー、分からん!」

「分からんのかい」

古都は笑いながら雑煮に口をつけた。

元日の朝は珍しく家族全員で膳を並べて雑煮やおせちを食べた。おせちもお重を家族でつつくのではなく、各自の膳に美しく盛り付けてあった。

鼻をとおる出汁の風味が、毎年何の会話もなく食べていた、美味しくも居心地の悪かったあの味を想起させた。




古都の実家へのあいさつは午前中のうちに、というのが不文律らしい。

ついでに京都で初詣に行くことにしたので、遍も着替えてリビングで古都を待っていた。

ウォークインクローゼットから出てきた古都は、スーツを着ていた。

しかも普段会社での黒やダークグレーのワイシャツ姿とは違う、真っ白のワイシャツにダークネイビーのネクタイを締めている。

その珍しい姿に、遍は持っていたスマホを取り落とした。

「実家にスーツなんや。かっちりしてんねんな」

遍の呟きに、古都は眉を下げて困ったように笑った。

「自分ち行くのにスーツやないとあかん時点でお察しやろ。そういう家やねん」

そうなんや、と遍も笑った。



初詣は平安神宮に行った。

人に揉まれて、はぐれないようにと握られた手をコートのポケットに突っ込まれた。

遍は頭ひとつ大きい古都の綺麗な髪を見失うはずもない、と思いながらも、外で手を繋げるのが嬉しくて何も言わずに歩調を合わせた。

遍は柏手を打ち、手を合わせて目を閉じた。

(どうかこの先も、古都が幸せでありますように)

そう祈って、ふと古都の言葉を思い出した。

——俺なんかって言うな。

薄目を開けて、隣で姿勢よく手を合わせる古都を見上げ、遍は少しだけ願いごとを追加した。


参道を戻りながら、遍はポケットの中で握りあう指を甘えるようにすりすりとさする。

「俺、古都が賽銭に札束投げたらどうしよう思ってヒヤヒヤしたわ」

「どこの平成の成金やねん」

古都が思わず噴き出して笑う。

古都の笑顔が嬉しくて、遍も笑顔になる。

「古都はなんてお願いしたん?」

古都は遍を見下ろし、目を細めて笑った。

「……言うてしもたら、叶わへんからな。内緒」



「じゃああまね、俺はちょっと実家に顔だしてくるから、悪いけどカフェで時間潰しといてくれるか?」

店の前で、遍は聞き分けの良いチワワのように手を振る。

「オッケ。終わったら連絡してな。ゆっくりしてきて」

「いやいや、あんなとこ5分もおりたくないわ。なるはやで帰るから」

そう言って古都は踵を返し、駐車場に向かう。

その背中を見送って、遍は初詣客で混雑するカフェに入った。

たまたま2階窓際のカウンター席がひとつ空いたので、電線にとまるすずめのように遍はその席に座った。

朝の満員電車に慣れてはいるものの、京都の観光地の混み具合は異質だ。

遍はホットのキャラメルマキアートをひと口飲んで、人混み疲れを吐き出すようにため息をつく。

古都の実家はここからさほど遠くはないらしい。

足取りはいつも通りだが、その背中に緊張感が漂っているように見えた。

実家に帰るのにスーツ着用が必要であること。

お姉さんの話。

こどもの頃の話。

(古都も、辛いことをたくさん抱えている……)

きっと疲れて戻ってくるだろうから、そのときは自分から手を繋ごう、と遍は思った。


すぐ帰る、と言った古都が「今から戻る」と連絡を寄越したのはそれから三時間後のことだった。


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