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第六章(1)古都の誕生日

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《登場人物紹介》

◾️吉野遍

部長に「契約取れたら叙々苑」という約束を取り付けている。


◾️白川古都

まだ付き合っていない頃遍に「オフィスにエスプレッソマシン置いてそう」って言われてなるほどと思ったが、自販機で遍に会う口実が減るので却下した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「お前年末年始どうするん?」


カレンダーが最後の一枚になった月に、古都はソファに寝そべって漫画を読んでいる遍の隣に腰を下ろした。

瀬尾から借りた「HUNTER×HUNTER」全巻が遍の部屋に置かれていて、しかもリビングのローテーブルの上にも今読んでいる巻の前後が高く積まれている。

本から顔を上げた遍は、どの辺を読んでいたのか、戦いの最中のような険しい顔で古都を見た。

「これまでは実家帰ってたけど……古都は?」

「俺は別に……元旦に一瞬実家に顔は出すけど、泊まりまではせんよ」

「じゃあ俺もおろかなー」

年末年始のまとまった休みを一緒に過ごせるなんて夢のようだ。

もう一度本に目を戻して、ストーリーに没入しようとしたが、遍の心に何かが引っかかる。

(……なんか)

なにか大事なことを忘れているような気がする。

大事な日。

「……あれ、年末年始って、なんかイベントあった気がする……なんやっけ」

本から目だけを出して、遍は古都に聞く。

「クリスマス? 王道のローストチキンして、ケーキは……いるか?」

「ケーキいるやろ! いや、でも、クリスマスやなくて……」

「ほな、初詣か。 人多いけど京都行く? どうせ俺実家いかんなんから」

「行く! んー、でもせやなくて……えっと、ええと、大晦日……」

「もしかして紅白見る派かお前」

「見る派やけど違う~! もっとなんかおめでたいイベント、なかったっけ……」

古都は呆れた顔でため息をついた。

「……めでたいかどうかは知らんけど、もしかして俺の誕生日か?」

「それ! 今思い出した!」

「忘れとったんかい」

古都は責めるでもなく遍の腰に腕を置いて、笑う。

へへ、と遍は悪びれもせずに笑う。

「古都の誕生日、一緒におりたい」

「そっか」

遍はぱたりと漫画を閉じる。

「ほな俺、実家に連絡しとくわ」

「ほんまにええんか? 帰らんで」

「正月言うたって一日コタツで寝てるだけやもん」

「そんなもんなん?」

「ほんまほんま。二十四時間耐久コタツみたいな」

「ゆるそうな競技やな」

遍は思い立ったその瞬間にスマホを手にして、実家に電話をかけた。

電話はすぐに通話中になった。

「あ、おかん?  俺俺。アホかオレオレ詐欺ちゃうわ、俺や! 息子息子! ないない! 事故起こしてないし人妻妊娠もさせてへん! 会社の金も使い込んでない! そんなよーけ振り込みいらん! 警察も連絡せんでええ! やから! 息子! ……いやもう本題入らせて? あのな、今年の年末年始……その、こ、恋人と過ごすから、帰らへんから! ねーちゃんにもよろしく言うといて! ほなそんだけやから! え? あいさつ? そっ、そんなん、まだ、早いし! え? もー、わかったわかったよろしく言うとくからほな切るで! いや切るから! ほなな!」

電話を切り、遍は大きく息を吸って、吐いた。

「……すみません、うるさくて……」

「察するに、お前のおかんって感じの人やな」

遍とよく似た母親を勝手に想像して、古都は静かに笑った。

遍が「恋人」と言った。

それが嬉しくて、古都は放っておけばにやりと笑ってしまいそうな口元を手で覆って隠した。



仕事終わりに、遍は少し寄り道をして、駅併設の百貨店をウロウロとしていた。

古都の誕生日祝いを探すためだ。

(けど、何あげたらええんやろ)

7月の遍の誕生日には、シャネルの香水をプレゼントされた。

「お前に似合う思って」と言われたその香水は初めて聞く名前で、まるで雨に濡れた木の香りのような、大人の匂いがした。


古都は今年で三十歳になる。

ちゃんと生きてきた大人で、大抵の必要なものは持っているし、きっと遍が思っているよりも価格帯は高いものだ。

きっと持ちものへのこだわりもあるだろう。

先日、いつも仕事で使っている鞄の値段が五十万円するということを聞いて目が飛び出るかと思った。

思わず「固定資産税かからへんの?」って聞いてしまったほどに。

実家もかなりの金持ちで、タワーマンションに住んでいて、ベンツに乗って、五十万円の鞄を持っている人間に、今更ただの平社員の自分があげられるものなんてあるのだろうか。

古都の人生に入っていけるだけの価値が、自分にあるのだろうか。

遍はハイブランドのフロアで、居心地の悪さを感じながら店舗を見て回った。

クリスマスシーズンもあって、ウィンドウいっぱいにそれぞれのブランドのアイコンがきらきらときらめく。

それはオンリーワンをうたいながらどこか形骸化していて、きらきらと煌めいていながら、どこか排他的であった。

並んでいる商品はとてもではないが、遍に手が出る値段ではない。

ここでなんとか買える小さなものを買ったとて、それは本当に必要な物ではない。

きっと喜んではくれるだろうけれど、それではだめなのだ。

遍はふと、澤江の声を思い出した。


——吉野様だからこそです。


あの日握ってくれた手の温もりを思い出す。

(澤江さん、ありがとう)

遍は手のひらをぐっと握った。

(まだ日はあるからな。焦ったらあかん)

今日の所はこれくらいにしといたろう、と独り言を言って、遍は帰路についた。


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