第五章(5)古いアルバム2
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《登場人物紹介》
◾️吉野遍
あんな栗が大きい栗ごはんは初めてで感動。
子どもの頃の古都が半ズボン履いてたのめちゃくちゃ可愛くないか?写真撮っとけば良かった……と思っている。
あと、この施設に映画館と卓球台があるかどうかが気になっている。
◾️白川古都
ひとりで来たときはこのテラスでコーヒー飲むときに添えてくれるクッキーサレが結構好き。
甘いもの好きじゃないと言ったから甘くないお菓子用意してくれる気遣いがありがたいと思っている。
ビター仕立てのショコラオランジュも美味しかった。
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古都が一局だけ碁を打ちたいと言うので、遍はさっき存在を知ったサウナへ行くことにした。
本館の屋上階に、据付のサウナと水風呂、有人のジュースバー。
ドアの向こうにベンチベッドがある。
「いやいやいや、金持ちのそれやないか……」
遍は自分ひとりのために動かしてもらうの恐縮、と思いながらも、サウナに入り、腰を下ろした。
ムンとした熱気が肌を圧迫する。息苦しさを感じながら、遍はさっきの古都の表情を思い出した。
(あれは……お姉さんの話する時の顔ちゃう)
アルバムは時系列できちんと整理されているようだった。
遍が古都を待つ間にぱらぱらとめくっていく、どの年の古都の隣にも、その「姉」の姿は合った。
子どものころは仲良く手を繋ぎ、中学生くらいになると、手こそ繋がないが隣に並んで写っていた。
美しい黒髪に、白い肌。
誰かに似ている……と遍は思った。
けれど思い出せないまま、次のページをめくる。
そこから先のページには、「姉」は居らず、古都のみであったり、他の家族のみであったりして、そのうち古都の姿も消えて、「ああ。また古都が居た」と思った写真は、ここ最近の、遍も知る古都の姿だった。
(……何があったん?)
ただ用事があっただけなのかもしれない。
思春期だからとか、そんな理由かもしれない。
けれど、昼のテラスで、一瞬笑みの消えた古都の口元。
写真の中の彼のような冷えた瞳。
それは、遍の知らない古都の顔だった。
(古都……)
遍は顔を覆う。
汗が幾筋も、こめかみを流れて指の間に消えてゆく。
「古都……」
今、古都に隣にいて欲しい、と遍は思った。
離れの畳の上で、古都は澤江と碁盤を挟んで向かい合っていた。
形の整った黒い石と白い石が、規則性をもって繋げられてゆく。
パチリ。と硬い音が部屋に響いた。
「吉野様は、とても良い方でいらっしゃいますね」
澤江が盤上に目を落としたまま、言う。
古都は一瞬目線だけを上げて、勝ち筋を思案するように手で口元を覆う。
「心の機微や寂しさに、人一倍敏感でいらっしゃる」
「……」
古都の長い指が、碁笥の中の碁石を遊ぶように掻く。
子どもの頃から、迷っているときの癖だ。
「……そう見えますか?」
「見えますとも」
澤江は碁盤に目を落としたまま、笑う。
「古都様がこんな穏やかな顔をなさっているのを、澤江は初めて拝見したかもしれません」
石を転がす古都の指が、止まる。
「……それは確かに、そうかもしれません」
そうですとも、と言うように澤江は頷く。
「古都様は、良い方と出会われました」
澤江は穏やかに笑って、パチリと白い石を置いた。
「吉野様を選ばれたご自身のお心を、どうか信じてあげてくださいませ」
古都はしばらく碁盤を眺めてから姿勢を正し、眉を下げて笑った。
「澤江さんには、やっぱり敵いませんね」
夕食は、遍が但馬牛のしゃぶしゃぶを強く希望した。
昨夜よりは少し落ち着いた献立ではあるが、先付けに丹波黒豆の摺り流しと松の実をあしらった松茸豆腐、前菜は秋刀魚の小袖寿司と焼き銀杏にむかごの真丈、椀物は松茸の土瓶蒸し、造りは明石鯛の昆布〆に淡路の平目、戻り鰹の藁焼き、炊合せは海老芋と小蕪に南京と、季節の地場ものをふんだんに使用している。
昨日と同じ冷酒で乾杯をして、二人は向かい合って笑う。
遍はいつもよりもよく喋り、よく笑った。
薄く引いた但馬牛のロース肉が舌の上でとろけるのを、遍はうっとりと味わった。
酒もよく進んでいる。
「おかわり!」と切子のグラスを掲げる遍の手を、古都が押さえた。
「おい、ちょっと飲みすぎやぞ、あまね」
遍は鍋の熱もあって赤くなった頬を古都に向けた。
「そんなことないよぉ」
ふふ、と笑う遍の手からグラスを奪い取り、隣の給仕に「水を、」と伝えてため息をついた。
給仕から渡された立杭の器になみなみと注がれたミネラルウォーターを見て、遍は唇を尖らせる。
「これなに?」
「……水の水割り」
ぶふ、と大袈裟に笑い、遍は水をあおる。
「これ全部飲んだらおかわりしていい?」
古都はため息をついて座椅子に背を預けた。
「……おかわりするんやったら肉にしたらどうや?」
「肉! おかわりします!」
遍はきれいに手をあげて高らかに宣言した。
遍は、打ち上げられたクジラの死骸のように畳に横たわっている。
敗因は何かと問われたら、「あのあと肉のおかわりを二皿したこと」と迷わずに言うだろう。
「古都ぉ……」
玄関口に気配を感じて、遍は名を呼んだ。
古都はわざわざ胃薬を貰いに行ってくれていたのだ。
細粒を水で流し込み、遍は「苦い~」と子どものように顔を歪めた。
「古都ぉ~」
「なに」
「風呂入りたいけど、入ったら水圧で出る~」
「無理に入らんでええわ」
苦笑しながら古都は遍を布団に連れて行くために抱き上げようとした。
「お、折りたたまんといて、出るから」
抵抗する遍に阻まれて、古都もバランスを崩して慌てて畳に手をついた。
古都の体躯の影に閉じ込められて、遍は子どものように澄んだ目で古都を見上げる。
「古都……」
遍はゆっくりと手を伸ばし、古都の頬を包んだ。
「……もし。嫌やなかったら、教えて」
ためらいながらも、遍はまっすぐに古都の目を見た。
「……お姉さん、何が、あったん?」
古都は頬に添えられた遍の手に自分の手を重ねてやわりと包み、目を閉じた。
虫の声だけが部屋に響いている。
古都が目を開けると、遍はまだ古都の目を見つめていた。
その目には怒りも疑いもなく、ただ、古都のことを分かりたいという願いだけを湛えている。
「あまね……」
古都は遍の手を取り、身体を支えて身を起こした。
「……広縁で、茶でも飲もか」
そう言って茶器の方へ行こうとする古都を、遍は小さく名を呼んで止める。
「茶淹れたら俺も行くから。待っとり」
古都はそう言って目を細めて静かに笑った。




