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第五章(1)隠れ宿の二人

《登場人物紹介》

◾️吉野遍

社内運動会の実行委員。

元バスケ部で基本すばしっこいので、毎年だいたいの種目に出場させられている。

飴くい競争はビジュと予後が悪いので今年から廃止になったのが不服。でも多数決なので仕方ない。

借り物競争の案出しで「部長のアレ」を提案したら全員に「どれやねん!」と突っ込まれた。

フルーツジッパー完コピは今年いちの本気。


◾️白川古都

ああ見えて元陸上部なので、基本こういう行事には参加見送りタイプにも関わらず、部長に頼み込まれて毎年最後のリレーだけ出場する。(その代わり、毎年まとまった有給をもぎ取っている)

運動会の綱引きとムカデ競争で営業部が手に入れた合計二十万円は、部総出の叙々苑で一瞬で蒸発した。

こういうのは景気良く使ったらええ!と部長は笑いつつ、足が出た分は負担してくれたらしい。

ダブルMVPの白川主任と営業の吉野くんが山分けしてそれぞれ五万円ずつ持ち帰った賞金は、帰宅して再び同じ封筒に入れて十万円に戻った。

テーブルに置いた封筒を頬杖をついて眺めながら、古都はぽつりとつぶやいた。


「温泉いこか。あまね」


突然の提案に、遍はきょとんとする。

きっと古都のことだからその辺のスーパー銭湯の話はしていないことはわかる。

「温泉……旅館、的な?」

恐る恐る聞くと、当たり前のように古都は頷いた。

「うちの家の福利厚生的なとこあるから。今月来月、土日予定ある?」

「特にはないけど」

「オッケー」


二週間後、二人は三連休を利用して、大阪から一時間ほどの近畿の奥座敷と呼ばれる山間部の温泉地に居た。

賑やかな温泉街を通り過ぎて、看板も何もない細い山道を左に折れ、古都の車で進んでゆく。

アスファルトが石畳に変わり、両側が竹藪になり、私有地に入ったのだとやっと気がつく。

竹藪を抜けると突然真っ白な土塀が現れた。

正面玄関にはスーツを着た男がひとりと着物を着た中年の女性が立っていた。

車を停めると古都は運転席から降り、恭しく礼をする男に車のキーを渡して助手席のドアを開けた。

「行こか、あまね」

自然に腰を抱かれて、遍は飛び上がるように肩を震わせる。

「古都、荷物は?」

遍は車を振り返る。後部座席に着替えを積んだままなのだ。

ああ、と古都は遍を見る。

「後で運んで貰えるから」

女性がにこやかな笑顔を二人に向け、深々と礼をする。

「ようこそお越しくださいました、古都様」

古都は女性に笑顔を向けた。

「澤江さん、今年もお世話になります」

二人は、正面玄関から建物に入り、長い廊下を通って裏手の山に面した離れに通された。

石畳の小径を通って門を抜け、平屋造りの玄関を開けると、こじんまりとしているが抜けるような空間の和室が二間広がっていた。

広々と見えたのは、奥のガラス戸の向こうに渓谷と緑がまるで絵画のように広がっていたからだ。

床の間に掛け軸。調度も美しい。

玄関のすぐそばに室内風呂が備え付けてあるが、どうやら外にさらにこの離れ専用の露天風呂があるようだ。

「あまねの知らない世界や……!」

遍は部屋の中央に立ち、目を輝かせてため息をひとつついた。

「古都、すごいなここ。別世界みたい」

「気に入った?」

女将がいれてくれた茶を飲みながら、古都は笑う。

その顔がいつもより穏やかに見えて遍は少し嬉しくなり、古都の向かいに腰を下ろして茶を飲んだ。茶はとてもいい匂いがした。

女将は古都と食事の時間の段取りを済ませて、退室した。

広い部屋が急に静かになった。

耳を澄ませると、木々の枝で鳴く小鳥や、下の沢で鳴く虫の声が聞こえてくる。

窓の外にやっていた目を戻すと、古都と目が合った。

木の座椅子の背もたれに悠然と体を預けて、古都はこちらを見ている。

「古都、こういうの慣れてんなぁ」

古都は小さく首を傾げて、笑った。

「たまに来るくらいやで。静かでええやろ、ここ」

たまに来る。その言葉が遍の胸に引っかかる。

(いや。いい大人なんやから、そんなん誰かと来るんも当たり前やろ)

そう思い直し、遍がきゅっと口を結ぶと、古都は揶揄するように笑った。

「今お前が何考えてるんか、よーわかるわ」

低い声でクスクスと笑うと、茶を一口飲んだ。

「一人になりたいときに使ってた。誰かと来たんは、お前が初めてや」

そう言って古都は、目を細めて笑った。


「……二泊三日、ゆっくり過ごそか」



露天は、ぬるめの湯が肌に心地よかった。

水面に映った紅葉がゆらゆらと揺れ、湯気の向こうに傾いた秋の陽が眼前の渓谷を赤く染めてゆく。

古都は湯に濡れた檜の縁に腰を下ろし、遍の手を引いた。

促されるまま遍は立ち上がり、濡れた身体で古都の膝に向かい合わせに座る。

温まった身体に、夕方の風が心地よい。

遍は恥じらうように少し俯き、間近から上目に古都を見る。

その頬が赤いのは、湯に当てられたからだけではないだろう。

古都の手のひらが、ゆっくりと遍の背を這う。

遍はピクリと身体を震わせて、古都の首に腕を絡めた。

濡れた黒髪の毛先に含んだ雫に夕陽が映る。

夕陽に照らされた二人の影が、ゆっくりと重なる。

「……、んぅ……」

最初から口内を掻き回すように激しく求められ、遍は必死に応える。

古都の手のひらが遍の形のよい尻を掴み、腰を押し付ける。

「あまね……すぐ抱きたい」

首筋に這う舌が、擦り付けられる固さが遍の思考を飛ばす。

「あかん……、古都……あかんよ……」

「……なんで?」

遍は周囲を気にする。

「誰か来――」

「誰も来んよ」

耳元で囁かれて、耳朶に、頬の輪郭に這わされる古都の舌は、いつもより熱かった。

「あっ、……っ」

古都の唇が、遍の首筋を強く吸う。

ワイシャツの襟でギリギリ隠れる場所に、赤い痕がひとつ付けられた。

見つめ合う二人の吐息が湯気に混じる。

「……こと、」

遍は、熱で潤んだ目をゆっくりと、閉じた。

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