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第四章(2)今日は楽しい運動会

《登場人物紹介》

◾️吉野遍

ネカフェでこっそり泣いたのは内緒。

古都に怒鳴ってしまったのは初めてで、本当は手が震えていた。

でも、営業職として、一歩も引きたくはなかった。

悔しいけど、古都は、かっこよかった。


◾️白川古都

遍の元彼(?)の「ふーん」目つきに、イラッとしたのは事実。

遍に手を振り払われたのはかなりショックだった。

臨時会議で遍がひっくり返してくるのもありだと思っていた。ちょっと興奮してた。

監視カメラの位置は臨時会議中に確認していた。


年に一度、陸上競技場を貸切で開催される運動会は、このご時世にも関わらず九頭竜HDの人気行事だ。

その理由は、このご時世にも関わらず、各種目一位とMVPに進呈される賞金10万円に他ならない。

種目ごとの賞金は部に、MVPはその日一番奮闘した個人に対して進呈されるため、そこそこ社員の目の色が変わるのが毎年面白い。

午前中から始まった運動会は、家族も参加可能だ。

遍も数ヶ月前から実行委員会として、企画を進めていた。

どんな種目にしようか。

キッチンカー何台呼ぼうか。

ハーフタイムショーは誰に頼もうか。

若手が集まって決まっていく内容を、古都も家で聞かされていて、さして興味もないのでなるほどなるほどと話半分で聞いていたが、余程煮詰まっていたのかハーフタイムショーが「全部長によるフルーツジッパーの完コピ」に決まりかけていると言うのを聞いて、「それは本当にやめた方がいい」と、それだけ進言した経緯もある。

結局そのハーフタイムショーは、若手男子社員によるフルーツジッパー完コピとなったらしい。

「絶対部長のほうが面白いのに」とぶつぶつ言っていた遍だが、満更でもなく家でも何度も練習を重ねていた。

古都は日陰のスタンド席で、キッチンカーで買ってきたビールを飲みながら、黄色のフリフリドレスでキレッキレの踊りを披露する遍とその他大勢を眺めていた。

綱引きで足が攣る係長、玉入れでぎっくり腰になる課長、突然トラックに乱入するどこかの飼い犬。

毎年のことながら、和気藹々と行事は進行していく。


運動会の目玉種目は、一番最後の各部対抗のトラック一周リレーだ。

各部走者は四人。陸上経験者や運動をしているものが中心となったメンバーだ。

遍は中学時代バスケで鍛えた足ですばしっこいことで有名で、古都はああ見えて高校まで陸上をやっていたため、部長に頼み込まれてここにいる。

ふたりは、それぞれの部のアンカーとなっている。

二人の回は、営業部、経営戦略部、総務部、技術開発部の四部で行われる。

遍は営業部でお揃いで買ったという赤いシャツに白のハーフパンツ、黒のスポーツレギンス。

古都は黒のTシャツに黒のハーフパンツ、黒のスポーツレギンスで、これも毎年のことながら「運動会ですら黒い悪魔」と揶揄されている。

二人は、他の出場者とともにトラック上でアップを始める。

「負けませんよ、『白川主任』」

遍が屈伸しながら古都を上目に見て、にやりと笑う。

「調子に乗るなよ、『吉野』」

古都も足裏の筋を伸ばしながら、口の端を僅かにあげて笑った。

高らかなピストルと共に、第一走者が走りだす。

スタンドの歓声は最高潮となる。

第二走者、第三走者ともに営業部がトップを走っている。

「俺ら伊達に足使ってないですからね!」

第四走者の待機位置で、あまねはフィールドを蹴って何度か軽く飛ぶ。

その身のこなしは、サバンナを走る手足の長い獣を想起させた。

歓声とともに第三走者がテイクオーバーゾーンを目指す。

一番に、営業部のあまねがバトンを受け取り、スタートを切った。

『アンカーにバトンが渡った! 現在トップは営業部! 吉野!!』

放送席の絶叫に遍はバトンを挙げて応えた。

このときはまだその余裕があった。

「吉野くーん!」

「営業のエース!」

「かわいー!」

スタンドから歓声が飛ぶ。

次いで総務部、技術開発部がスタートを切り、経営戦略部は遅れをとって最下位スタートとなった。

古都がスタートした途端、とんでもない歓声がスタンドから湧き起こる。

『経営戦略部、鬼の追い上げです!』

まるで爆発するように歓声が湧いた。

『速い! 速い! 速い!!』

「すげー!!!!」

「白川主任ー!!」

放送席が伝えたとおりに、古都は第二コーナーあたりで一気に総務部と技術開発部を抜き、遍のすぐ後ろまで追いついた。

(ん……?)

遍は、トラックを包む空気が変わったのを感じた。

背後から自分を絡め取ろうとする黒い殺気に、振り向く余裕もなく逃げるように全力で走る。

(ひえ……)

『あれ逃走中のハンターか!? いや、死神!? 営業部逃げ切れるか!!』

「吉野君逃げてー!」

「殺されるぞー!」

放送席が叫び、歓声は一部悲鳴に変わった。

『吉野後ろを見るな!』

黒い影が遍の視界の端に並ぶ。

(ひえええええ!)

そのまま抜かれると思いきや、遍は狼から逃げる小鹿のようにバネで胸一つ前に出る。

最終、二人は同着でゴールテープを切った。


ゴールテープにまみれてフィールドに倒れこむ遍に、古都は膝に手をついて息を整えながら聞いた。

「……放送、……誰や」

遍はまじまじと古都をみて、少しだけ苦笑いをした。

「……瀬尾です」


あまりにも盛り上がったということで、今年度の運動会のMVPは、経営戦略部の白川主任と営業一課の吉野遍の二人に決まり、賞金は山分けという珍事となった。

そしてこれは蛇足だが、この運動会の日から、古都の通り名に「死神」が追加された。


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