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第三章(4)同期の結婚式

《登場人物紹介》

◾️吉野遍

自分のセクシャリティ起因で自己肯定感が低い。

なんで古都がここまで自分を好きだと言ってくれるのかがわからなくて困惑してしまう。


◾️白川古都

あまねが食欲がないなんてよほどのことだと思った。

これだけ言い続けて行動でも示しているのになぜ遍はこんなにも揺れるのだろうと不思議に思っている。

加島屋の「さけ茶漬」(3,000円)と紫蘇と塩だけで漬けた南高梅は冷蔵庫に常備。

「ほんまに変やない?」

ウォークインクローゼットの姿見の前で、遍はもう6回目の質問をした。

「何回言わすねん。似合てる似合てる」

古都は腕を組んで思わず苦笑する。

朝から遍の専属スタイリストよろしく、ネクタイを締めて、揃いで買っていたポケットチーフを挿し、髪をセットしてやった。

遍は普段と違う自分の装いに、右をみたり左を向いたりしてその度に古都に同意を求めた。

「だって、俺やないみたいねんもん」

「どこからどう見てもお前や。かっこええぞ」

古都は鼓舞するように遍の肩を叩いた。

「時間大丈夫なんか?」

古都がリビングの時計を見ると、午前9時半を少し回っている。

「あっ、ほんまや。待ち合わせ御堂筋口に十時やねん、急がんと!」

神戸の海が見えるホテルで十一時半からの披露宴に出席する予定なのでまだ時間には余裕があるが、高槻から行くことになっている遍の若干の回り道のためのアリバイ工作だけが慌ただしかった。

「招待状は?」

「持った!」

「祝儀は?」

「持った!」

「袱紗は?」

「昨日借りたやつな、持った!」

「ハンカチは?」

「……ない!」

しゃーないなーと言いながら、古都は自分のクローゼットから白の光沢のあるハンカチを出して遍のポケットに入れる。

「……ありがとう」

「あとはスマホと財布あったらどうにでもなるやろ」

玄関に出された靴も、古都の手で丁寧に磨かれている。

「古都……今日、二次会まで行くから」

上目で少し申し訳なさそうに言う遍に、古都は眉を下げて笑った。

「全然ええよ。ゆっくりしてき」

古都は遍に軽くキスをする。

「じゃ、行ってきます!」

遍は笑顔でドアの向こうに消えた。

古都は小さくため息をついた。

「……結婚式、ね」

古都は小さく伸びをして、遍の支度の為に行きそびれたジムにでも行こうと、準備を始めた。



遍はわざわざ二駅回り込み、集合場所に時間ギリギリに到着した。

同僚は既に集合していた。

「みんなごめん、遅なった」

男が三人に、女が二人。同期入社で今日同じテーブルに座る仲の良い同僚たちだ。

あと二人いるが、神戸よりの実家住まいなのでそれぞれ現地集合する予定となっている。

小走りで駆けつけた遍を、同僚たちはまじまじと見る。

「……吉野?」

「声は吉野君やな」

「めっちゃイケメンに見える」

「ほんまや、これはどうしたことなん……?」

いやいや。と遍は手のひらを同僚に見せる。

「何言ってんのみんな。これが俺のポテンシャルやから、惚れたらあかんで」

「ほんま声は吉野くんやな」

「ほな吉野やわ」

「へえ~~馬子にも衣装言うやつか」

口々に言う同僚に遍は反論するが、やはり物珍しそうにまじまじと見られる。

「これは瀬尾も喜ぶで」

「瀬尾くん泣くんちゃう?」

「泣くわ絶対」

「なんでやねん! もーはよ行こうやみんな」

いつまでも囲まれて埒が明かない遍は同僚を急かして改札を指さした。

「一番最後に来たやつがなんか言うてるわ」

「はよ瀬尾に見せにいこ」



海ぎわのホテルの34階。

カーテンが開け放たれた明るい披露宴会場の窓からは太陽を受けて輝く海が一望できて、遍は今日が晴れで本当によかった、と心から思った。

そして少しだけ、アウトレットの帰りに古都と過ごしたオーシャンビューの部屋から見えた景色を思い出した。

あの日もよく晴れていた。

テーブルには、瀬尾からの手書きのメッセージが書かれていた。


『吉野へ

 お前がいたから、頑張れた。ありがとう』


そうとだけ、書かれていた。

礼をいいたいのはこちらだと遍は思った。

遍こそ、辛い時に瀬尾に励ましてもらい、ここまでやってきた。

瀬尾がこの先の人生、ずっと幸せでいることを、遍は心から願った。


照明が落とされた会場にスポットが入り口を照らす。

開かれたドアから、白いタキシードと純白のウエディングドレスに身を包んだ新郎新婦が登場した。

スポットライトに照らされた瀬尾は、緊張しつつもパートナーと微笑みあい、一歩一歩、会場のメイン通路を高砂席に向かい、歩いていく。

瀬尾と目があった。瀬尾は遍を見て目を見開いてから、満面の笑みで親指を立て、遍たちのテーブルの前を通り過ぎていった。


たくさんの花とキャンドルと拍手に包まれて二人が顔を見合わせて笑う姿は、きっと「幸せ」そのものだと、遍は思った。

新婦の読む手紙に涙する両親。

花束の贈呈が終わり、割れんばかりの拍手が会場を埋め尽くす。


見つめあう二人の笑顔。

それぞれの両親の笑顔。

たくさんの祝福。

目に見える約束された絆。


一瞬、遍の耳から、拍手の音が遠のいた。


――俺のしあわせは、古都にあるはずだったこの姿を犠牲にして、成り立っている?


怖いほどに愛されている。

本気で人生を重ねようとしている。

それは、彼の呼吸のひとつから、触れる指先の優しさひとつから、感じない日はない。

(でも、だからこそ……)

古都が本気であることがわかるからこそ。

この目の前に広がるマジョリティになることを辞退した古都に、自分のせいで、失わせたものは……?


――その代償は?


「……野」

「吉野くん!」

同僚に呼ばれて、遍は我に帰る。

新郎新婦との写真撮影の時間だった。

「行こうや、吉野!」

テーブルの同僚たちと一緒に高砂席へ行く。

瀬尾が立ち上がった。

「吉野!」

その満面の笑みを見て、遍の我慢していた糸がぷつりと切れた。

「瀬尾〜!」

涙が次から次へと、溢れる。

恥ずかしくて、瀬尾が広げてくれた手に飛び込んで抱きついた。

「なんでお前が泣いてんねん!」

そういう瀬尾も、目元が赤い。

「お前が立派すぎて〜! どこの七五三かと思って〜!」

「お前も小学校の入学式かと思ったぞ!」

そう言いながら、抱き合って泣いた。

少しだけ、遍は瀬尾に申し訳なく思った。

今流している涙に自己中心的な成分がやや含まれていて、喜びや祝福が100パーセントではないことが。







午後十時。

部屋でコーヒーを飲みながら本を読んでいた古都のスマホが着信を告げる。

「吉野遍」の表示を確認して、古都は通話ボタンを押した。


「……古都?」


電話の向こうで、掠れた声がした。

「おお。お疲れ。どうしたんや」

電話の向こうの遍はしばらく黙り、もう一度「古都、」と呼んだ。

「ん?」

寂しくなったのだろう、と古都は電話口に耳を傾ける。

「今な。二次会終わって、ちょっと同僚巻けへんくて、高槻に帰るふりして、新大阪で降りてん」

「そうか。もうひとりか?」

「うん」

構内の雑踏の音が、遍の声の向こうで近くなったり遠くなったりする。

「気をつけて帰ってくるんやで」

「古都」

甘えたような、縋るような声だった。

泣いているような気がして、古都は少しだけ、耳にリソースを割いた。

「あまね、大丈夫か」


「瀬尾、めっちゃしあわせそうやった」


「うん」

「古都」

電話の向こうで、少しだけ息を吸った音が聞こえた。



「好きやで」



直接耳元で囁かれたような気がして、古都は少しだけ身を震わせた。

「……俺もやで、あまね」

今すぐ、直接耳元で聞きたかった。

泣いているのかもしれない遍を、抱きしめたかった。

「迎えに行くから、駅でコーヒー飲んで待っとき」

遍は電話口で慌てているようだった。

「ええよ、電車で帰れるから」

「迎えに行きたい気分やねん。荷物も多いやろ。ちゃんと待っとくんやぞ」

そういうと古都は電話を切り、部屋着を着替えて玄関に向かい、車の鍵を手に取った。

古都の手のひらでキーフックの金具が硬い音を立てた。


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