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第三章(2)飲み会にて

《登場人物紹介》

◾️吉野遍

古都の運転する車の助手席が好き。運転がうますぎてだいたい寝てしまう。

化粧水はオルビス。古都に「もっとええやつ見る?」って言われて「俺の肌これしか受け付けへんわがまま スキンなんで!」と固辞。無事デパコスとかに連れて行かれるの回避。

古都がスマート&手回しが良すぎてほんと横転。


◾️白川古都

遍が可愛すぎたので、ついテンションがあがってしまう。

回転寿司、情報としては知っていたが初体験。

普通に美味かったが遍のドヤ顔のほうがカロリー高かった。

今日は二人が務める会社「九頭竜ホールディングス」の部署合同の飲み会の日だ。

遍の所属する営業部と古都の所属する経営戦略部、あと瀬尾の居る企画部の有志が参加している。

二人は離れた場所に座っている。

古都は各部の部長を筆頭とした上司の隣に座り、その話を聞くに徹している。

企画部長に肩を叩かれて愛想笑いしながら、遍の酒のペースが遠目にもいつもより速いように思えて、古都はまた横目でちらりと遍を見た。

(勧められるままビール飲んで。何杯目やねん)

一方、遍は下座で先日結婚した同期の瀬尾を囲んで、各部の若手とわちゃわちゃしている。

「吉野、最近引っ越しした?」

「あーうん。金かかるし実家に帰らせてもらいます! した〜」

遍は酒も手伝い、大仰なドラマのセリフを真似て笑いをとりつつ、ちらりと上座を見る。

部長に挨拶に来たていの女性社員が座りこみ、何かと古都に話かけられては、瓶のビールを勧められている。

(やっぱ、女の人に人気やなぁ……)


「吉野顔真っ赤やん!」

「ほんまや吉野くん顔ぽやぽややで。かわい〜」

瀬尾と同期の女性社員に笑われて、遍は自分の頬に手を当てる。確かにひどく熱い。

「わ。ほんまや。飲みすぎたかも。ちょいトイレがてら涼んでくるわ」

遍はふらりと立ち上がり、ぽてぽてと壁際を移動して廊下へと出た。

店のスリッパを履いて、色の違う石畳の床を横断歩道の白いところだけを踏む小学生のようにひとつ飛ばしに歩いてトイレに向かっているところを、突然物陰に引っ張り込まれた。

「わっ!?」

体温と、覚えのある香水。

タイミングを見計らって廊下で待機していた古都に、遍はまんまと捕獲された。

「あ、古都〜」

「声おっきい」

抱きつこうとする遍を小声で静止して、口を手で抑える。

「古都ってやっぱモテるんやな〜」

手の中でもごもごと喋る遍は、嫉妬と尊敬が半々という顔をしている。

そんな遍も、若手の中では輪の中心にいるし、女性社員にも可愛がられている。きっと本人はそんなこと思いもしないのだろうが。

「……俺は、お前しか見てへんわ」

見つめ合うその目に引き込まれそうになって、ハッとして古都は顔を離した。

「……ちょっとペース速すぎるんちゃうか。ちゃんと水も飲めよ」

「……もれる〜」

「あほ! はよいけ」

呆れ声で古都が言うと、遍は理不尽そうに唇を尖らせた。

「古都が止めたんやんか〜」

「はいはいすまんすまん」

遍は数歩歩いて、古都を振り返った。

「へへ、帰ったらキスしてな」

「声がおっきい!」

古都はあわてて人差し指を立てて、唇に当てた。


古都が会場に戻ると、営業部長に呼び止められて、横に座らされた。

「いつも忌憚なき意見と判断をありがとう」という世辞から、日頃、古都にやられている営業部メンバーの恨み節をきかされているところに、ビール瓶を両手に持った遍がぽてぽてと歩いてきて、古都の姿に気付いた。

「あっ! 古……」

目が合う。遍の顔が二人でいるときのそれになった。


「……コンペな! 吉野! この間のコンペの話やな!」


咄嗟に瓶を一本奪い、代わりに水の入ったコップを渡す。

一瞬きょとんとした遍は、「コンペ」という言葉の響きに口をへの字にした。

「そうなんですよ〜 部長、俺なんでコンペあかんのですかね」

きちんと正座して、遍は部長のコップにビールを注ぐ。

「吉野はな、やる気はもうばっちりや」

部長はビールを一口飲んだ。

「客先行ったら可愛がられるし、提案もよう考えとる」

「ありがとうございます」

「ただな」

遍が姿勢を正す。

「自分が伝えたいこと喋るんは上手い。でも相手が何求めてるか聞くんはまだまだや」

「あー……」

「営業は喋る仕事や思われがちやけどな。ほんまは聞く仕事や」

「耳痛いです」

「せやろ」

正座で頷きながら遍は古都に渡された水をぐいと飲む。

「ん? 吉野何飲んでるんや」

「水の水割りです!」

八重歯を見せて笑う遍に、部長も大声で笑う。

「白川君、うちの吉野おもしろいやろ。この愛嬌で懐に飛び込むん上手いから相手さんにも好かれるんや。将来有望やで。吉野のことしっかり育ててやってくれ」

懐に飛び込むのが上手い。

それは本当にそのとおりだ。

古都は遍の挙動を横目で監視しつつ、会社用の笑顔で頷いた。

「吉野は見込みのある社員ですからね」

遍は二人の横できちんと正座して、古都の気も知らずうんうんと頷いている。

「白川先輩! 尊敬してます! あ、部長も!」

「白川、経営に吉野引き抜いたらあかんぞ」

部長が笑いながら言うと、遍は手をまっすぐに上げた。

「経営戦略は永遠のライバルです!」

なあみんな! と遍が営業部に向けて拳を振り上げると、営業部の連中がわかっているのかわかっていないのかわからないまま「おー!」と言ったので古都はそれを横目に営業部は統率が取れていて馬鹿みたいで面白いな、と思った。

「で、白川よ。今ここだけの話やけどな」

「はい」

営業部長と古都は少しだけ顔を寄せて声のボリュームを落とす。

「来年度の組織再編、営業減らされる可能性あるんか」

古都は少しだけ苦笑した。

「まだ何も決まってませんね」

「その顔はなんか知ってる顔やな」

「知ってても言えませんよ」

部長は豪快に笑う。

「やろなぁ」

少し間を置いて古都が言う。

「ただ、営業力は今より重要になります」

「ほう」

「人数やなくて、一人当たりの価値が問われると思います」

「吉野、お前の腕の見せ所やぞ」

営業部長が遍に水を向ける。

正座のままの遍は少し下を向き、「……ぐう」と言った。

「……寝てますね」

古都は密かに安堵のため息をついた。




「おはよう、あまね」

古都は、昼前にやっと寝室から出てきた遍に声をかけた。

「おはよ〜うえ〜飲みすぎた〜こと〜ウコンある?」

Tシャツにボクサーというあまりにも締まりのない姿で、二日酔いのせいか輪郭がふやけているように見える。

背を丸めてソファに辿り着き、皮の座面にぼすりと体を埋めた。

「ウコンは飲む前に飲むもんやぞ」

そう言いながらも、冷蔵庫からウコンのアルミボトルを取り出してソファ目掛けて投げる。

背中と背もたれの隙間でキャッチしたボトルを寝そべったまま手で探し、遍はウコンを一気飲みした。

「飲まへんよりましやもん」

古都は小さくため息をついてコンロの前に戻る。

どうせ二日酔いだろう遍のために、中華粥を作っている最中だった。

これならば、遍がどれだけ二日酔いでも食べることができるからだ。

「あまね〜」

粥をかきまぜながら、古都は名前を呼ぶ。

「なに〜?」

遍は気だるげにソファから返事をする。

「お前、昨日『古都〜、帰ったらキスしてな』言うてたで。語尾にハートつけて」

「えっ?」

「めっちゃ飲んでたもんなぁ」

「えっ、俺、マジで? どこで? 席で? えっ、俺、えっ」

遍の反応が面白い。古都は鍋の具合を見るふりをして俯き、込み上げてくる笑みを隠す。

「酔っ払ったお前はほんまかわいいなぁ」

「やめてやめてやめて! かわいいとか言わんで! 俺何してた!? 記憶ない!」

「別に、抱きつこうとしたくらい」

「くらい!?」

「あと、『古都〜』って寄って来たり」

「えっ」

「あと、お前んとこの部長の前で俺のこと名前で呼ぼうとしてたで」

「うわあぁぁぁぁ!!」

遍はソファのクッションに顔を埋めた。

顔から火が出るとはこのことかと。

(やってしまった……)

「……ごめん、古都」

「謝ることではないやろ」

やけに落ち込んだ声に、古都はちらりと遍を見る。

「俺なんかと付き合ってんのバレたら、恥ずかしいもんな……せっかく隠せてるのに、俺いらんことしてしもて……」

古都は手を止めた。

「……あまね、お前」

古都はコンロのスイッチを切り、横たわる遍の腹のあたりに腰をかける。

「もしかして……いや、絶対勘違いしてるやろ」

「……勘違い?」

古都は遍の肩に手をかけ、上を向かせてその目をまっすぐに見た。

「俺が最初に会社でバレんようにしたいて言うたんは、お前が社内で色眼鏡で見られて不当な評価されるんを避けたい思ったからや」

「……え?」

「俺との関係がバレたら、それだけで俺と対立してる奴らから中傷受けたり、好奇心で邪推される可能性が高いんや。お前をそんな目に合わせたくない」

古都は長い指で遍の黒髪をゆっくりと梳く。

「お前とおるんが恥ずかしいとか、俺は一回も思ったことないからな。むしろ、お前が俺のもんやって言えへんことがもどかしいくらいで」

遍は恐る恐る、身を起こした。

古都は少し乱れたその前髪を指で整え、頬を優しく撫でた。

「お前を一人前にしてやりたい。どこに行っても、誰にも文句言われんように。お前んとこの部長にも頼まれたからな。育ててやってくれて」

「古都……」

「やからお前、これからもう『俺なんか』って思う必要ない。堂々としろ」

「……うん」

遍の目から一筋、涙が滑り落ちた。

「なんで泣いてんねん」

何故かと問われても、遍にも理由は分からなかった。

一度流れた涙は、次から次へと生まれてはすぐに、消えていく。

「だって……」

抱きついてきた遍を、古都は両手で抱き止め、その背中を優しくあやすようにぽんぽんと叩いた。


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