第三章(1)初めてのデート
《登場人物紹介》
◾️吉野遍
古都が最初からベッドのことに言及しなかったのに気が付かなかった。ぽやぽや。
落雁は和菓子屋で小粒の可愛いやつを買ってきた。
今はシェルフの見えにくいところに供えている。
◾️白川古都
結局市松人形も一緒についてきたのかどうかが気になって仕方がない。
お供えの落雁が家の中のどこかに置かれて居ないか気が気でない。
遍の仲の良い同期が結婚することとなった。
「その同期と励まし合ったから、ここまで来れた」と遍は笑った。
個別に結婚祝いを探しに行くというので、ドライブがてら、橋が見えるアウトレットに行くことになった。
遍は初めての外出に緊張しどおしだ。
付き合っているのがバレるのはNGだ。そうなるともう、変装しかない。しかし手持ちの私服は限られている。
遍はボクサー一枚で、クローゼットを開いて悩んでいた。
「誰かに見られたらどうするんですか?」
「一緒に来てんねん言うたら済む話やん」
「……なるほど」
遍の部屋の戸口で、古都は腕を組んで遍の挙動を見ている。
遍は悩みに悩んだ挙句、ネイビーのジョガーパンツに白Tシャツにキャップを選んだ。
「おお。可愛いやん」
「そこはかっこいいって言って欲し……」
そう言いかけて遍は口を開けたまま、古都の上から下までまじまじと見る。
タイトめの黒のスラックスにダークグレーのシャツのボタンを寛いで、胸のポケットにサングラス。
「待って、古都さんかっこよすぎでしょ……どこの芸能人よ」
「……“さん”?」
付き合い始めて二ヶ月が経つが、未だに敬語が抜けない遍だった。
「はい。何事にも、段階というものが必要でして」
「左様でございますか」
古都もくすくすと笑い、二人はエレベーターで地下駐車場に向かい、古都の車に乗り込んだ。
「俺ノープランなんですよね。結婚祝い、何買えばいいかなぁ」
助手席のシートに体を預け、遍は首を傾げた。
「俺は悩むの嫌でそういうときは無難にカタログギフト一択やからなぁ」
「そうなんですよね〜。でも、瀬尾には俺がこれや!ってやつ渡したくて」
「仲ええんか」
「そうですね。入社してからずっと、一番話しやすいやつです」
「ほなしっかり選んでやらなあかんな」
「へへ、そうなんです」
誇らしげな顔で、遍は笑う。
「とりあえず、雑貨屋から見てまわるか」
「はーい!」
休日のアウトレットは客が多い。
古都に自然に手を繋がれて、遍は大きく焦った。
「えっ、知り合いに見られたらどうするんですか! バレるの嫌なんでしょ!?」
「知らんふりしといたらええねん。堂々としとけ」
古都はサングラスの奥で眉を上げた。
「古都さんもちょっとオーラ消して下さいよオーラ」
遍はぶつぶつ言いながら左側のショーウィンドウを見て、目を見開いた。
「古都さん、ここ」
ペールトーンを基調とした、シンプルで美しいデザインの調理器具や食器が並んでいる。
「ええやん」
ホットプレート、ミキサー、グリルを見て、遍は首を傾げる。
「……家電は、もう持ってるかもやし、彼女さんの好みもあるやろしな」
うーんと悩みながら、右手の陳列棚に目を移す。
シンプルで様々なサイズの皿のペアセット。値段も手頃だ。
遍の目が輝いた。
「これめっちゃよくない? 皿やったらなんぼあってもええしね」
「そうやな、食洗機行けるし、料理も映えそうやし」
古都の審美眼にも叶い、遍はにっこりと笑う。
「ほな、他も見て回って、これよりええやつなかったら戻ってきていいですか?」
「もちろん」
と、古都は遍の手を握り直す。
「ゆっくり回ろか」
遍はまだ慣れない様子で、少し耳を赤くして、古都の左側に並んだ。
雑貨を見て回りながら、古都は「ちょっとここ入ってええ?」と、遍の手を引いて目に付いた服屋に入った。
きれいめな服が並ぶ店内で、古都はカットソーを探しているようだ。
へーと思いながら遍はハンガーにかかっているシャツの値札をチラリと見て飛び上がった。
普段遍が買う服の十倍ほどする。
古都は落ち着いたイエローグリーンのサマーニットを広げて、遍の胸に合わせる。
「え、俺?」
「うん。似合うな、買おか。Mでええよな」
「いや、古都さんこんな高いのあかんって」
「次のデートで着て」
「デート……っ!?」
遍がデートという言葉の響きにダメージを受けている間に古都は会計を済ませていた。ちらりと見えたカードは黒だった。
その他にも、遍が油断している間に、着回しのききそうな白のシャツと、テーパードのパンツ、Tシャツを数枚。
遍は財布を出そうとするも、飲みに行った時のように決して払わせて貰えず、店を出て礼を言うしか無かった。
買うたびに「次のデートで」と言われるので、遍は向こう何回分のデートを約束されたことになるのだろう、と他人事のように考えた。
「あ。あまね」
何かに気付いたように、古都は足を止める。
「今度は何ですか……」
手を引かれて、店内に連れて行かれる。
きれいめな服が並ぶさらに奥、木製のシェルフに色とりどりのネクタイが並んでいた。
「式につけていくネクタイ選ぼ」
あまねは立ち止まり、古都の手を引く。
「ネクタイなんか持ってるのでいくからええって、古都さん」
「あまね」
古都は少し首をかしげる。
「大事な同期なんやろ? お前もええかっこして祝ってやらな」
古都はまず明るめのネイビーにドットがグラデーションになったものを手に取り、こっちもええな、とシャンパンゴールドのネクタイを手に取り、遍の胸元にかざした。
確かに、遍のグレーのスーツによく似合いそうだ。
古都の見立ては確かだった。
「こんな明るいの……派手すぎって言われません?」
「基本は白かシルバー。ゴールドもあり。これやったら目立ちすぎんし上品で、何よりお前に似合う」
「本当に似合う……?」
遍は少し上目で古都を見る。
「似合う。見るんが楽しみやわ」
古都は二度頷いて、ネクタイをレジに持って行く。
「古都さん……!」
慌てて追い縋るも古都と店員との会話に割り込めず、今回も会計はさせてもらえなかった。
ショッパーは全部古都の右手に収められ、左手は相変わらず遍の右手を柔らかく包んでいた。
「古都さん、頼むから俺にもなんか出させてください……!」
そう頼み込み、遍は古都をカフェに引っ張って行く。
「座ってて下さい! ここは絶対俺が出すんで!」
ソファ席に古都と荷物を納めて、遍は鼻息を荒くした。
「じゃ、アイスコーヒーで」
はい! と嬉しそうに返事をして遍はカウンターに向かう。
その後ろ姿を、古都は微笑ましい目で見つめていた。
遍がカウンターで商品を待ちながら目をやると、古都は一人がけのソファに身体を預けて、スマホをチェックしている。
(なんで、あんなかっこいい人が、俺と……?)
二ヶ月経っても、ふと思ってしまう瞬間がある。
白川古都は、遍にとって仕事ができて、かっこよくて、完璧な人だ。
ある日突然「やっぱ間違いやったわ」と言われてしまっても仕方がないほどに釣り合わない二人だ。
彼の体温を感じながら眠ることに慣れてしまった自分は、ある日またひとりに戻った時、どうするんだろう、と思った。
(いや。またこれまで通りになるだけやん。)
深く考えないようにしよう、と遍はメニュー表を見上げた。
遍はニコニコしながらカップを二つ持って戻った。
古都のコールドブリューと、遍はアイスのキャラメルマキアートだ。
スチームミルクの上のキャラメルソースが、歩き回って少し疲れた身体に染み渡った。
「結構歩きましたね~!」
「せやな。」
「古都さん。悪いんですけど結婚祝いのやつ、やっぱ最初の店に戻ってもいいですか?」
「もちろんええよ。ほか行きたいとこあるか?」
「あとね、俺化粧水買いたい。営業は肌が命なんで!」
遍は頬に手のひらをあてて片目をとじてみせた。
「分かった。ほな、最初の店とそこ寄ったら帰ろか」
「なんか俺スベったみたいになってません?」
二人は最初の店に戻り、皿のペアセットを買った。
プレゼント用に包装してもらう間、店の中を見ていると、遍はとあるものに目を停めておもわず吹き出した。
「ちょ、古都さん見てこれめっちゃ可愛い」
遍の指さした先にあるものは、アヒルがだらけて寝そべっているシェイプのルームランプだった。
「何この顔、まぬけ。いいサイズ。めっちゃ癒されるやんこんなん」
「コンペ落ちたときのお前やん」
「ひっど!」
腰を屈めてランプを覗き込み、遍はアヒルの頭を撫でる。
「がんばらないアヒルやて……! 名前すらおもろい……!」
遍の何気ない「自分用に買おかな~」を古都は決して聞き逃さなかった。
生活必需品以外のものを遍が欲しがることは、本当に稀だからだ。
「ん。買おか。お前の部屋ルームランプないもんな」
「古都さん、また……!」
「『がんばらない』と『きになる』二種類あるけどどっち?」
古都はそれぞれの箱を取って遍に見せる。
「古都さん買いすぎですよ、俺の……」
「甘えて、あまね」
古都はまっすぐに遍の目を見て、微笑んだ。
古都の声は思いのほか優しく、少し腰が疼いてしまい、遍は密かに驚いた。
遍は申し訳なさから少し口を尖らせながらも、「じゃあ……がんばらないほうで」と答えた。
包装の終わった皿とアヒルを受け取り、化粧品を買って二人は駐車場に向かう。
「古都さーん、たくさん買ってもらって、ごめんね」
申し訳なさそうな声に、古都は繋いだ手をあやす様に握り、遍を見た。
「俺が買いたくて買ってるんやから、謝らんでええよ」
二人は車の後部座席に荷物を放り込み、車に乗り込んだ。
帰路は、海沿いの国道を走った。
午後三時過ぎの太陽はまだ昼の顔をして、きらきらと青く海面で踊っている。
「……あれ? 高速乗らへんのですか?」
運転席の古都はアームレストに肘を起き、今頃気付いたかと言う顔をして少し口角を上げた。
車は海沿いのリゾートホテルに入る。
「古都さん……?」
「ごめん。お前可愛すぎて、家まで我慢できへん」
「ええっ!?」
いつの間に予約をしていたのかフロントでスムーズに手続きをしてカードキーを受け取り、古都は遍をエレベーターにエスコートする。
男二人でデイユース利用することに気後れして、遍は下を向いてそそくさとエレベーターに乗り込んだ。
「いつ、予約したん……?」
「ん? お前がコーヒー買ってきてくれるん待ってるとき」
遍はソファ席でスマホ操作をしていた古都の姿を思い出す。
(あのとき……!)
遍が顔を赤くして古都を見る。
あのときからもう、古都は遍を抱く気だったのだ。
古都は遍の顔を見て、機嫌良さげに口角を上げた。
カードキー認証で部屋に入ると、窓からは午後の海が一望できた。
「眺めすっご……!」
デスクに車の鍵を置く硬い音がしてすぐに、背後から強く抱きすくめられた。
「あまね……」
首筋に、耳に、寄せられる息が熱い。
遍は肩越しに古都を見上げると、古都はその首筋に唇を滑らせて、鎖骨を甘く噛んだ。
「……っ、古都さ、」
「お前、ほんま今日一日可愛すぎや……」
二人はきらめく海を背に、深く唇を重ねた。
白いリネンに、遍の美しい黒髪が散らばる。
カーテンを開け放した午後の光の中で、二人は抱き合った。
傾きかけた陽光が窓から伸びて、純白のシーツを一部だけ陽の色に照らす。
古都を受け入れて、遍はその白い喉をさらして震える。
「古都さん……古都さ、ん……」
指を固く絡め、遍はまるで熱に浮かされたように、何度もなんども、古都の名前を呼んだ。
時計は午後六時を回ろうとしているが、外はまだ明るい。
しかし海は昼とは違った顔で、少しだけ落ち着いた色合いをして、相変わらず窓の外に広がっていた。
よく効いた空調に、白いシーツの肌触りと互いの体温がとても心地良かった。
遍は重く甘い腰の余韻を遊ばせながら、古都の素肌に頬を寄せて、シーツに隠れた足を甘えるように絡ませた。
古都の右手が遍の髪をあやすように撫でる。
「飯どっかで食って帰ろか。何がいい?」
少しだけ気怠そうな古都の声が、遍の耳をくすぐる。
「俺、口が思いっきり寿司ですね」
「オッケー、寿司な」
古都がスマホで検索を始める。
その画面を覗き込み、少し嫌な予感がして、遍は申し添えた。
「……回ってる寿司が、いいな!! 高級なお寿司屋さんとか緊張しすぎて味わからなそうすぎる」
「え、俺回ってる寿司行ったことないわ……」
途端に遍の目が輝く。
「嘘でしょ、古都さん! 行きましょ! 今日行きましょ!!」
遍は図らずも、古都の「はじめて」を獲得した。
二人の生活水準の差は歴然だったが、古都はそれを奢ることもなく、遍は卑下することもない。
互いの生活をすり合わせて行き、どちらかの新しいことに出会えばそれを二人で共有して行く。
それは古都と遍であったから出来たと言える。
そうして生きていけることの幸せを、その意味を、二人がどれほど理解していたかは、わからない。




