第5話 一族
彼女は俺のいくつもの質問に、たった1つの質問で返した。
「きみ、飛頭蛮って知ってる?」
「知らない」
返答までのタイムは、きっと100分の1秒を切っていただろう。我が人生で、最速だ。食いつき気味と言いたければ言え。逆にこの状況で食いつかないやつがいたら、是非ともお目にかかりたい。
彼女は俺の答えを想定していたのだろう。あくまで確認のために聞いただけなんだと思う。で、焦らさずにすぐに教えてくれた。
「昔の中国の百科事典、『三才図会』に、ジャワ島やベトナムで、夜になると首が抜けてその首が舞う人間の話が書かれているの。朝になると戻ってくるけど、元に戻れないように首の切り口にお盆を置いておいたら死んじゃった、とね。それが飛頭蛮。
日本にもろくろっ首の伝説がある。これも、首が伸びるタイプと宙を舞うタイプがあるのよ。この2つのタイプもなかなか興味深くてね。最初は宙を舞うタイプだったの。でも、首と胴体が繋がっていないと可怪しいって、線1本で繋がったタイプになる。さらに、その線が太くなって、いわゆるろくろっ首になっていった。
私たちは人間だけど、こういう一族なの」
「だから、身体が損傷しても落ち着いていた?」
僕の問いに、彼女は軽く目を伏せた。これがたぶん、肯定のしぐさなのだろう。持ち上げられたままの首じゃ、頷けないもんな。
「本人なりに焦ってはいたんだけどね」
「……だって、胴体がなんとかならないと、結局死ぬんでしょ?」
俺の問いに、再び彼女は目を伏せた。だけど、長いまつ毛が震えている。
当てずっぽの質問だったけど、思い切り芯を突いたらしい。もう少し、言葉を選ぶべきだったかも。
「そうよ。
携帯で仲間に連絡が取れれば、私たち一族の医者が胴体の治療をする。胴体自体は人間のものとそうは違わない。ただ、首が離れてもいいように、胴体にはサブの神経節があって生命維持もそこを中心にできている。だから、首繋がりの一族では死ぬような怪我でも、治せる例が多い。
その一方で、首繋がりの一族の医療の麻酔は私たちには適応しない。麻酔がまったく効かなくて、手術の痛みでショックを起こして死ぬか、深く効きすぎて呼吸管理とかできなくて死ぬことになる」
「なるほど、それで……」
心の中でしぶしぶと、でも理性ではあっさりと俺は納得した。
つまり……。
彼女はこのままだと轢き潰された胴体が死んで、首の方も遅かれ早かれ死ぬ。病院に運ばれて、治療されても死ぬということだ。
彼女はさらに言葉を続けた。
「そう。それに私、死んだあとでも解剖なんかされたくないし」
……そりゃそーだ。俺だって、そう思う。誰かに殺されて司法解剖とかなら仕方ないかもだけど、そもそものこととして殺されたくはないし。
「私たち飛首一族は、一族のことを首繋がりの人たちに知られたくはない。だから、なおのこと、解剖されるわけにはいかない」
「俺たちは首繋がりの一族ってことか……」
口に出して言うと違和感を感じるな。
たった今までの俺にとって、全人類みんなが首繋がりの一族だったもん。で、実は別の一族がいて、俺たちはそんなふうに呼ばれていたんだなんて。
「だから、俺に隠せ、と?」
「そういうこと」
「……なる」
なるほど、頷くしかない。もっとも、「どうやって」というハードルは高すぎるけど。
俺は時計を見る。
そろそろ轢かれてから1時間が経つ。残り11時間。まぁ、正確に12時間ジャストで死ぬわけでもないだろうから、念を入れて残り10時間と考えておいた方がいいかもしれない。




