第34話 五欲
「『欲』ってさ、5種類あるんだって」
翌日、学校から帰って俺がそう話しかけると、彼女は目を開けた。
俺は、首を置き換える。彼女の血色がみるみるうちに良くなっていく。
「5種類?」
オウム返しに聞く彼女に、俺は一つ一つ挙げる。
「忍術では、食欲、色欲、物欲、風流欲、名誉欲だって」
「ふーん。仏教かなんかかと思ったら、まさかの忍術なん?」
「ふーんじゃなくてさ、話を聞いてよ。真面目に話しているんだからさ。
俺、思うんだけど、ああなればいいなとか、こうなればいいいなとかが全部うまく行かないから限界が来ているんだよね?
つまり、短絡的に言えば、欲が満たされないから『限界だ』なんて思うんだ。だから、問題を切り分けて満たせる欲は満たしていけば、限界が遠くなるはずだと思うんだ」
俺の言葉に、ようやく彼女は興味を示した。
「昨日のこと、考えてくれているんだね?」
「うん、俺なりに……」
「で、なんで忍術なのよ?」
そりゃ絶対聞くよね。
「最初は仏教で調べたんだけど、仏教の五欲は食欲、色欲、財欲、名誉欲、睡眠欲だったんだよね」
「……違うのは、物欲が財欲になっているけど、これは実質的に同じと考えてもいいよね。明らかに違うのは、睡眠欲が風流欲になっているところよね」
「そうなんだ」
首だけだと、俺は彼女のようにうまく自分の意思を表せない。でも、顎とか表情の筋肉とかを使って、なんとか頷いて見せようとする。
「今の私に睡眠欲は意味がないから、風流欲にして、で、忍術になったわけね?」
「そのとーりです」
俺はさらに同意する。ネットで調べていて、「五欲」で検索かけたら、仏教と忍術の両方が出てきたんだもんね。
「じゃあ、その風流欲ってなんなの?」
うん、絶対聞かれると思ってた。てか、俺も真っ先に調べたんだ。
「趣味や遊び、美的な快楽を求める欲求のことらしいです」
「……ほぉ」
彼女は、めずらしく俺の言葉にうなずいたまま黙った。
ゆうに1分の時間が過ぎて、ようやく彼女は口を開いた。
「とはいってもさ、私、今の状況じゃ食欲、色欲、物欲は持てないんだよね。承認欲求とかは名誉欲なんだろうけど、それも無理。そもそも私のことを認識しているのが律くんだけなんだし……。
律くんの思いはわかっているし、それはありがたいけど、でもそれは社会の一員としての充実には結びつかないかな。
でも、風流欲なら今の状況からでもなんとかなるかもしれない。それに、風流欲を満たしたら、結果として名誉欲も満たされたというのはあるかもね」
「生首 Y0uTuber とか……」
「馬鹿を言ってるんじゃないわよ」
「すみません」
俺は素直に謝った。ちょっとボケただけでも、反撃、早いんだもんなー。
まぁ、もちろん俺もいくつか案は考えている。
だから、真面目に考えた案を続けて口にした。
「風流といっても、お茶とか書とかは無理だと思うんです。でも、ネット上で、ネット上の名前だけでできて、かつお金にもなる趣味や遊びはあると思うんです。ネットに登録する個人情報は、俺でいいわけですし……」
「……真面目に考えてくれていたのね。ありがとう。で、例えば?」
うん、なぜか、それに答えるのは少し恥ずかしいんだけど……。
「なろうとかのネット上で小説を書くとか、Y0uTubeで音楽を発表するとか、ソフト系のコンテンツで……」
俺の言葉に、彼女は天を仰いだ。
ああ、やっぱり、そんな反応になっちまったか……。




