第33話 喪失
「それに……」
俺はそう小声で続ける。理由は、これから口にする自分の言葉に自信がないからだ。
「なに?」
「部屋が片付けられるまでの期間が微妙で……」
俺の小声なだけでなくあやふやな口調に、彼女はオウム返しに聞いた。
「どういうこと?」
そう言葉にした彼女は、そのまま同時に自分自身で答えに行き着いた。
「普通なら、切りのいい3か月とか半年とかの後に片付けが入るってことね。それが2か月半てことは、つまり……」
彼女の言葉を、俺はそのまま引き継ぐ。
「理沙さんを轢いた連中は、アパートをずっと見張っていた。誰かが現れるかも、ってね。で、保証期間が切れる寸前で、連帯保証の会社に家族を名乗って家賃を精算して荷物を引き取った。目的は、理沙さんの個人情報を漏らさず独占回収するためだ」
「……そういうことよね」
そう同意する、彼女の顔に苦いものが広がる。
「俺はその荷物がどこに運ばれたかはわからないし、わかったとしてもそこは敵の基地で侵入なんかできないし……。
それに、運び出された荷物から飛首族の情報が漏れるかもしれないけど、それについてすら対処できない」
これ、俺、本気で情けないと思っての言葉だけど……。それでも、正直に思いを伝えたという意味では失言ではないと思う。組織力もない一高校生ができることじゃないのは、明白な事実だからだ。
だけど、彼女の瞳から流れ出した涙が、俺に申し訳なさを強いた。
「ごめんなさい」
「律くんのせいじゃない」
「なにもできないし、未来を示すこともできないのは俺のせいで……」
「私の人生だから、誰かに示された未来を無条件に歩くことはないよ。だから、それも含めて完全に律くんのせいじゃない。
それに、私の荷物を全部持っていっても飛首族には行き着けないよ。いくら気をつけていても、空き巣の侵入までは防げない。これはもう、確率論だからね。だから、最初からそういう一族の秘密に関わるものは置いてはいないの」
そう言われて俺はちょっと安心するところもあったけど、だからってお気楽な気持ちになんかなれるはずもない。
「でも……」
「だから、違うって。
自分のせいだと決めてかかって、勝手に思考停止しないでよ。それより、過去を一つも取り返せない私がどうしたら未来が見えるか、それを一緒に考えてよ。そっちの方が生産的でしょ」
「……はい」
俺はそう答えるしかなかった。彼女の言葉が正しいのはよくわかっていた。そう、今からだってなにかいいアイデアを出せれば、恋人として頼りになるって思ってもらえるかもしれないんだから。
彼女にはもう、俺以外に存在を証明できる人はいない。そして今、それに加えて過去につながる物品をも喪失した。根無し草なんて言葉も知っているけど、文字どおりってやつだ。彼女がどのような人生を歩んできたか、もう本人の言葉以外、拠るものはひとつもないんだ。
それでも俺は、理沙さんが好き。
その思いだけで、俺はこの数ヶ月、自分の人生の未来を決めてきた。とはいえ、彼女とは身体の繋がりも幸せな家族としての未来もない。今はいくつかの問題を解決できるであろう経済力すらない。
それでもまだ、俺には強い思いがある。
そう、彼女がなにを失っても……、少なくとも、まだ俺の思いはまだあるんだ。
せめて彼女も、俺と同じように思いを持っていてくれればいいのだけれど。




