第31話 不安
いつの間にか、季節はもう秋の声が聞こえる頃になっていた。
しこたまある問題を解決できぬまま、無為に過ぎた毎日だった。そしてついに、彼女がそれを口にする日が来てしまった。
「高校生に訴えるのは申し訳ないことなんだけど……」
彼女がそう口にした瞬間、俺はうなずきながら思いっきり身構えていた。単に話し合うことならいいけど、「高校生に」ってのがついたら、それは俺には解決不可能な問題が投げかけられるってことだからね。
続けての彼女の言葉は、俺にとってはあまりに直截的だった。
「もう不安で耐えられない」
と。
「ごめんなさい」
俺は反射的に謝ったけど、彼女は器用に首だけで横に揺れて俺の謝罪を拒否した。要は、俺を責める意図はなく、俺の責任ではない問題だってことだ。
さすがにそのあたり、俺も彼女の表情から汲み取れるようになっている。
「あのね、律くんに謝られるようなことじゃないのよ。律くんがベストを尽くしているのはわかっている。でも、私に限界が来そうだってだけ」
……言いたいことはわかっている。俺は、彼女の生命をつなぐことはできた。でも、それ以外はなにもできてはいないんだ。
「あと1年半あれば……」
「律くんが大学生になって下宿するようになれば、ここより自由度が高まるってのはわかっている。
でも、そういうことだけじゃない。
髪も満足に洗えてないし、カットもできず伸びるがままだし。
私は死んだことになっていて、だから私の私物は何一つ持ち出せなかった。すべての過去を失って、これからそれを取り返せる可能性もなくはないけど、根無し草で先のことを考えるとどうしても不安になる」
「……そうだね」
俺は同意しながら思う。
髪の話は現在の不安の話で、将来にも不安を感じてるって言っているんだ。
髪はね……。
それなりの頻度で、彼女を風呂場に持ち込んではいる。首を換装して髪を洗ってもらったりもしてきた。でもさ……、女性はシャンプー1つとってもこだわりがあるらしいんだよね。一番初めての時は、風呂といっても俺の全裸を彼女に見られるのは恥ずかしくて、身体を渡さなかった。で、母親のシャンプー使ったらバレるかなと思って、石鹸で彼女の髪を洗ったらとんでもないことになった。
そのあと、前にガムテープでぐるぐる巻きにしたことまで持ち出されて、「私の髪になんか恨みでもあるのか?」って問い詰められたけど、いやホント、マジで恨みなんかない。ないんだけど、よかれと思ったことがよくないってのが多すぎ。
女性って難しすぎる。
で、恥ずかしいなんて言ってられなくなって、風呂の時は身体を明け渡すことにしたんだ。
つまり、「俺の恥じらい<彼女の髪質」ってなったってこと。
けど、それはそれでまた困ることになった。彼女が今まで使っていたのと同じシャンプーを俺が買ってきて、自分で自分の髪を洗ってもらうこと自体はよかったんだけど……。シャップーってさ、すごくにおいが強いんだよ。これだけで、彼女の存在がバレるぐらい。
こりゃあ駄目だってなって、妥協してもらって母親と同じシャンブーを使ってもらうことにしたんだけど、全然髪質に合わないらしい。俺、トリートメントとか言われてもよくわかんないんだけど、とにもかくにもそれをやってもぱさぱさの髪質になっちゃうらしい。
つまり、洗髪1つとっても、現在の彼女が日常を過ごせていないってことなんだ。




