第25話 泣言
「もしかして、キス、初めてだった?」
「きまってるだろ」
俺は喘ぎながら言う。眼の前には、彼女の首。
なにが起きたかは想像がつく。普通の身体であれば、どきどきした甘酸っぱい思い出になったのだと思う。だけど、首から上の頭だけの俺にとっては、うれしさであろうとその動揺が一気に酸欠に繋がった。で、彼女が見かねて俺を俺の身体に戻したってとこだ。
「人の口に、指突っ込んだじゃない。あれだけの乱暴なことができるんだから……」
「それとこれは話が違う」
少し茶化したような口調ではあっても、彼女の言葉を俺は大真面目に遮った。冗談じゃない。問答無用に生命を救おうとしたのを、レイプ魔みたいな言い方でまとめんでくれ。それにさ、そのときすべてが冷静に遂行できたとは思わないで欲しい。あとさ、そんときはどきどきしても首繋がりだったんだから、ブラックアウトなんかするはずもない。
「きみは……、理沙さんは、いろいろと経験豊富かもしれないけど、俺はまだ理沙さんの20分の1も生きてないんだから……」
俺はここで初めて彼女を名前で呼んだ。
過去の人生を話題にするとなったら、やっぱりきちんと名前で呼んだ方がいいからと思ったんだ。もっとも、無遠慮に踏み込みたいと思ったわけじゃない。でも、まあそれでも、話題として踏み込んでしまうリスクはあるんだよね。
この姿で100年以上過ごしてきた彼女が、誰とも付き合わずにきたなんてこと、ありえるはずがない。そんな話題、ほじくったら自分が傷つくだけなのもわかっている。だから濁せるだけ濁して言ったんだけど……。
案の定というか……。
「……そう」
彼女の返答は短かった。短すぎたから、俺は情けないと思いながらも自分が喋るしかなかった。
「……ファーストキスが、ブラックアウトと結びつくとは思わなかった。それこそ、今日の今日まで……」
「可愛いね、律くん」
ちょっと待てよ。
なんだそれ。
なんでそこまで上から目線?
思いっきり顔に出たらしい。
「可愛いって言われるの、嫌なんだね」
「嫌に決まってるでしょっ!」
俺、心外のあまり、抗議って口調になった。
カッコいいって言われたらうれしいけど、可愛いって言われたらそりゃあ、ねぇ。
自分の乙男心を見透かされたようで、それがまた、かなり悔しかったりもするし。
「……さっきから、うれしいと思えるはずのことが、どれもこれもみんなうれしくない」
俺、泣き言が口をついて出た。
「ああ、そっか。そうなっちゃったね。
じゃあ、話を戻すけど、さっきの違和感ってのはそのどれもこれもみんなうれしくないってこと?」
ああ、話が横道にそれちゃって、きちんと話せてなかったな。
「俺、俺の胸で抱きしめられて、なんか辛くなった。理沙さんに大切にされたって気がしなかったんだ」
「そりゃ、まあ、自分の身体だもんね。ああ、それで、さっきの自分で自分を抱いたことがあるのかって質問になったのね……」
「俺、理沙さんが好きになっちゃって……。本来ならうれしいと思うべきことがすべて……。キスすら失神が代償って……」
「可哀想に……。でも、言ったじゃない、幸せにはなれないって」
わかっている。わかっているんだよ、それは。
普通の恋人同士の幸せは得られないと覚悟している。でもね、どさくさに紛れてでも、「理沙さん」呼びができるだけでうれしいんだ。
もう、それだけでもいい。それで十分だ。
それほど俺は、欲深くはない。
……ないはずなんだ。




