第1話 激震
これが一目惚れってやつなのか。
彼女が視野に入ったときの衝撃とともに、俺はそう自覚していた。
南方系の血が入っているのかもしれない。あまりにも大きくくっきりした目、すっと伸びた眉、小さな鼻、そして同じく小さな赤い唇。
市立図書館はどこまでも静かで、春の日の射す南の窓はどこまでも明るい。その明るさの中で、白い肌、黒い髪と黒い首までのニット、そして赤い唇とのコントラストがどこまでも鮮やかだ。
目を逸らそうとして、どうしても視線を……、いや、俺自身の全身を、指先の一つすら動かすことができない。
俺の視線に気がついたのか、彼女は一瞬怪訝そうな視線を俺に向けた。そして、屈託のない笑みを浮かべると軽く会釈をして、その視線を手元の雑誌に戻した。
これ以上はさすがにまずい。
俺は耳が熱くなるのを自覚しながら、全身の力を込めて視線をむりやり彼女から逸らした。
だけど、視線を逸らしたからといって、心までが逸らせるわけもない。
激震といっていい鼓動の高まりを抑えきれなくて、俺は自分の前の参考書を閉じた。
勉強しに来たはずなのに、もう俺はそんなことはどうでもよくなっている。
声を掛けてみようか。
いや、そんなことをしても話が弾む未来を想像できない。それどころかリスクしか生じないと思う。せめて、偶然会ったという回数を重ねられた上であれば少しはマシになるけど、それでも抱かせてしまった警戒心を解くのにはそれなりの苦労が必要となるだろう。
それに……。
彼女は俺よりいくつか年上に見える。もしかしたら、高校生というより大学生かもしれない。それどころか、どこかでOLとかして働いているかもしれない。これでは、中学の時の同級生という人脈を通じての、各高校での人探しも徒労に終わりそうだ。
俺の意思に反して、俺の目は再び彼女を追った。
雑誌を読み終えたのか、彼女は立ち上がって軽やかに歩き出す。黒いロングスカートから覗く足首が細い。
改めて見ても、やはりどこか異国の人を親に持っているのかもしれないと思う。単純に美人と言うには、少しクセのある表情を持っているような気がする。大きい目が印象的だが、もうちょっとでも大きくなったら逆に違和感をおぼえさせるだろう。けど、でも、それでも、それが俺にはたまらなく輝いて見えた。
気がついたら俺も立ち上がっていた。
眼の前の参考書を自分のカバンに放り込み、彼女のあとを追う。もう俺は、自分がなにをしているのかわからなかった。こんなことは初めてだし、自分がこんな衝動的な人間だとも知らなかった。もっともっと、慎重な人間のはずだったのに……。
彼女は無造作に雑誌をラックに戻し、そのまま図書館の建物から出ていく。
俺はそのあとをさらに追う。
市立図書館は昔の女子高の校舎を再利用したもので、半分は市街地に、もう半分は住宅地に囲まれている。俺の家もその一画にある。
彼女は住宅地の方へ迷いなく歩いていく。
もしかしたら、ご近所さんだったのかもしれない。なら、自宅がわかれば手のうちようもある。俺の心に初めて希望の火が灯った。
平日の午後の住宅地はどこまでも静かだ。
かすかにだが、20mほど先を歩く彼女の足音が聞こえる。どこかの飼い犬が吠え声が聞こえ、さらにひばりの忙しない鳴き声が聞こえる。
通りの角を彼女は曲がり、ほぼ同時に「どんっ」という重々しい響きが聞こえた。
思わず走り出すと、EV車がその曲がり角から姿を表して走り去っていった。
もしかしたら故障車かもしれない。EV車が走るときに発する音がなかったからだ。
そして、曲がり角を回って俺が目にしたのは、倒れている彼女の姿だった。




