第0話
「愛してる」
俺のつぶやきに、同じように「愛してる」と彼女は返す。
どこまでも突っ込むような激しさで、彼女の目を見つめる。彼女も俺の目を、俺の目だけを見ている。もともとが、息のかかるほどの距離だ。他の所なんか見えるはずもない。
そっと彼女の頭を抱き、くちびるを合わせる。
彼女の物狂しいまでの吐息を感じ、俺も炎のような息を吐く。
「愛してる」
「愛してる」
「愛してる」
「愛してる」
繰り返し繰り返し、俺はそうつぶやく。
「愛してる」
「愛してる」
「愛してる」
「愛してる」
繰り返し繰り返し、彼女もそうつぶやく。
俺の腕が彼女を抱くが、彼女の腕が俺を抱くことは決してない。
共に外出してのデートはできない。どちらかは必ずこの部屋に留まらねばならない。
できるのは、ただ、俺の部屋で思いを言葉にのせて、つぶやくことだけだ。それが俺たちの運命。
俺は寝返りをうつ。いつもの俺の部屋の天井だ。
彼女は俺の胸の上で、俺のくちびるを求めようとする。
俺はそれに応え、彼女を抱き寄せる。
再び視線を合わせ……。
俺は、俺の身体を彼女に預ける。
彼女は俺を抱き寄せる。
俺の腕が、俺の頭を抱いた。
ふたたび、くちびるを合わせる。
大きな枕に埋もれた彼女は、どこまでも美しい。
俺の腕が、そっと俺を俺の胸の上に置いた。
俺は目を瞑る。明日も出勤だ。だから、少しでも寝ておかなければならない。
恋愛とは、どんなものなんだろうか。近頃の俺は、再びわからなくなっている。俺たちのはそもそも恋愛と言えるのだろうか。
俺たちは、抱きしめ合うどころか手をつなぐこともできない。永遠に、目を合わせて自分の心をささやくことしかできない。そしてその時間すらも、日に2時間を超えることは決してない。
この意識と意識だけのつながりは、恋と呼べるものなのだろうか。
朝、俺が目を覚ましたときに彼女がいなければ、俺はそのまま死を迎えることになる。夕方、俺が帰らなければ、彼女はそのまま死を迎えることになる。
互いに相手が信じられなくなったとき、どちらかの死という形でこの関係は終わる。
そして、俺と彼女の関係を結ぶ信頼の根拠となるのは、恋という概念だけだ。
だけど、俺にはその恋というもの自体が、時が経つほどにわからなくなっていた。




