第16話 感染
俺は立ち上がって、ガムテープとタオルを用意する。自分の部屋だから、どこになにがあるかはわかっている。だから、首だけの存在の彼女に対し、背中で死角を作ってこそこそするのは簡単なことだ。
そして、背中越しに話す。
「きみは死なない。
今、自分の考えを冷静に整理できたと思う。その上で、俺はきみを死なせない。
きみが今まで言ってきたこと、全部論破できる。きみは俺の提案を受け入れるしかない」
「それって、どんな脅しよ?」
彼女は泣きながら俺に言う。
もうこれ、抗議じゃない。もう、ただひたすらに弱々しい。
「俺の意思は、きみに対して強要できる。
きみに選択の余地はない」
俺はそう言うと、彼女の首をそっと持ち上げた。そしてそのまま、彼女口にタオルを突っ込み、ガムテープでぐるぐると巻く。
頭と顎だけと、人間の両腕、どっちの運動性能が優れているかなんて、もう自明すぎて勝負にならない。さっきみたいに不意を突かれなければ、彼女にチャンスは最初からないんだ。
彼女の首をそっと置き、それから自分の部屋のドアの外に掛かっている札を、「Don't mind me.」に掛けかえる。受験勉強を始めてから、両親とはこういうルールを作った。「今は勉強にノッているから、干渉しないで欲しい」ということだ。試験前なんかは、こういう状態になることも多いので、親もまたかと思うだけだ。
これで、明日の朝までの時間が確保できた。
あとは大きなプラスチックの衣料ケースを押し入れから引っ張り出し、彼女の身体と見比べる。
なんとか入りそうだ。塩なら大量に買っても俺の貯金で余裕で足りる。塩で埋めておけば、一週間は腐敗臭をいくらかでも抑えられるかもしれない。水気が抜ければ、軽くもなるだろう。そうしたら、1日学校を休んで、穴掘りをしよう。物置にスコップはしまってあったはず。
「準備完了だ。
さぁ、きみが自分の舌とか噛まないようにってか、噛んで自殺ができるのかもわからないけど、予防措置はした。これからガムテープの隙間から指を突っ込んで、きみの歯で怪我をしよう。俺を噛んでくれと言っても、きみにはできないだろうから」
「むーむーむーむー」
彼女のくぐもったうめき声が聞こえる。きっと、手足があったらむちゃくちゃにばたばたさせていたに違いない。せめてもの抵抗なんだろうけど、ものすごく強い視線でにらんできている。
けど、俺はそれを無視して自分の左手の人差し指を彼女の口にねじ込み、犬歯に当てて思いっきり引いた。
「ごめんね。
これでもう俺は飛首族だ。これでもう、きみは自死する意味もなくなった」
俺は血の滴る人差し指をかばいながら、彼女をガムテープとタオルから解放する。
ガムテープを剥がすときにばりばりと音がして、髪の毛もけっこう抜けちゃって、俺は内心申し訳なさでいっぱいになった。
さらにものすごく恨みがましい目でにらまれたけど、俺は表面上、シカトを決め込むしかなかった。
髪の毛がめちゃくちゃになった彼女の怒りの形相は、けっこうおっかなかった。そして、その口からぽんぽんと悪口が飛び出てきた。
ま、俺がやったことを考えれば、このくらいは仕方ない。甘んじて受けよう。




