第15話 死喪
話をまとめよう。
生命を狙われるなんてこと、普通に生活していたらありえない。そういう意味では彼女の周囲、もう十分に真っ黒なんだけど、それでもこれは黒さの種類がマフィアとか反社の陰謀とかとは微妙に違うものだと思うんだ。だって、1人の社会人として生きてこれてたんだから。
そして少なくとも、誰かが私腹を肥やすために誰かの内蔵を抜いて売るみたいな話にもならない。ベクターウイルスがなければそういう話になりかねなかったけど、現状では誰でも飛首族の身体を持てる科学的裏付けがある。つまり、ウィルスがいくらでも増やせる以上、飛首族の身体の争奪戦にはならない。なので、捕まったら再現なく酷い目にあわされるみたいなことはもうないんだ。
さて、そういう心配がいらないとなると、問題は至近のいくつかの問題に絞られる。
「これはきみに聞いても仕方ないことなんだけど、考えは聞かせて欲しいな。
きみを轢いた車の連中は、きみの死体が見つからないことに対してどう思うかな?
それによっては、きみはずっと探し続けられちゃわないかな?
たとえ隠したのが死体だとしても、俺、拷問とかされたくないし……」
「それはないと思うよ。
胴体を轢いても首はしばらく生き続けるわけだから、携帯で一族に助けを求めて、身体は隠されたって思うでしょうね。
だから、轢いたあとに回収しないで走り去ったわけだし……。めんどくさいことはしたくないって、鉄則よね」
……なるほど。
てか、轢いたあとに自分たちで死体処理までするつもりだったら、彼女はすぐに死んでいたわけだ。でも、これ、確実に胴体を轢いていることと考え合わせると、首の方の彼女が胴体の死を迎えるまでの悲嘆は無視しているってことで、相当に残酷な話でもある。
「いろいろ聞いてごめんなさい。
だけど、聞いているうちに俺、冷静になれたと思う」
俺はそう言って、頭の中で自分の決心を反芻する。あとからこの決断を後悔することがあったとしても、決断に至る過程については後悔したくないからね。
俺の身体を1日に12時間、そのあとは努力が必要だけど8時間レンタルすれば、彼女の命は助けられる。
で、12時間だか8時間だかの間ってのは、俺の睡眠時間を当てても構わないわけだ。
就職後の泊りの出張とかは困るけど、それ以外はなんとかなる。たとえ泊りの出張だとしても、ホテルのシングルの部屋に泊まれるのであれば、彼女の首をなんとかして持ち歩ければいいってことだ。
それから、人と人との出会い、縁ってのに運の善し悪しはあるだろうけど、それ自体を恨んじゃいけないんじゃないかって俺は思う。
この考え自体が正しいとは限らないのはわかっている。だけど、たとえ別れることになったとしても、その人を好きになったというのは財産だと思う。誰とも出会えない人生に比べたら、そっちの方がいいと今の俺は思うんだ。
それに……。
ここで彼女が死ぬのを見届けるって、俺にはできない。できっこない。首だけでも生きているなら、その方がよっぽどいい。
あらためて俺、腹を決めていた。
思考の反芻の中でふと気がつくと、彼女の目から涙がぽろぽろとこぼれだしていた。
みぞおち辺りから胸にかけての段差に座りよく首を置いていたんだけど、わりと豊かと言っていいその胸に、彼女の涙の染みが広がっていく。
「……どうしたの?」
「私の身体が……。
今、鼓動が止ま……」
……自分の身体が死ぬのを見送るってのが、どういうことなのか俺にはわからない。だけど、ものすごい喪失感だってのは想像がつく。
救急救命処置は学校で教わったけど、胴体がぺっちゃんこじゃ心臓マッサージとかしても意味がないだろう。
つくづく、俺は無力だ。
そう思ったとき、俺の中でなにかが弾けた。




