第10話 掟縛
俺の腕の中の、首だけの存在であっても死なせたくない。その思いが俺に質問させた。
「さっき、助かる方法はないと言ったよね。
だけど、俺に言えないだけで、実はあったりしないの?」
俺の口調が変わったからだろう。彼女も改まった感じになった。
「……なくはない。だけど、これは話せないことなの」
「もう先はないんでしょ。『申し残すことあらば聞こう』」
俺、自分がしつこいと思いながら、さらに押した。
「申し残すことなんざないけど、私ががむしゃらに生きようと思ったら、きみを飛首族にする。そして、胴体を奪う。きみはその12時間後に死ぬ。
でも、そんなことはできないでしょ」
びくっ、と無意識に身体が反応した。
怖かったんだ。自分の死がこんな近くにあるとは。
高さ300mの崖っぷちを、そこが崖だと知らないから鼻歌交じりに歩いていたって感じだ。
でも、その恐怖は腹の底を冷やし、冷静さを失わせるほどのものにはならなかった。だって、彼女が俺を噛むことはないってなぜか信じられたからだ。
すげえな、この人。
自分の命が助かる誘惑がすぐそこに、それこそ口先2cmにあるのに、それに平然と耐えてるんだ。そして、それを俺に疑わせないだけの姿を見せているんだ。
「じゃあさ、俺の胴体を貸すのなら?」
「どういうこと?」
そう言って、彼女は眉根を寄せた。
「互いに……、たとえば8時間おきに胴体を使ったらどうだろうか、って。きみの胴体は処理しなきゃだけど、首が生きていられればそのうちなんとかなるかもしれない」
俺の提案、いい案だと思ったけど、聞いた彼女の顔は晴れなかった。
「それはまぁ、そのとおりなんだけど……。
きみは自分の言っていること、本当にわかってる?
それにね、飛首族の掟で、それは禁じられているんだよ」
……掟?
昔の忍者みたいだな。てか、さっきの仲間を守るための携帯の話といい、個人に対してはむちゃくちゃ厳しい掟を持っているみたいだ。でも、そんなのを後生大事に守っていていいのか?
俺の疑問に気がついているのかいないのか、彼女は言葉を続ける。
「だって、考えてみなよ。身体から切り離された首だけの時間はとても長く感じるよ。他の首繋がり族が人生を謳歌しているのを、辛い思いで眺め続けることになる。
そしてね、これは『そのうちなんとか』とは『ならない』んだよ。ウイルスに感染させて身体を得るということは、相手は生きている必要があるんだ。たまたま新鮮な死体が手に入ったから、その胴体を使うってことはできない。つまり、新たな胴体を手に入れるってのは、『誰かを殺す』ってのと同義になるんだよ。
つまりね、人は『辛い思いで眺め続ける』のと、『誰かを殺す』ってのを天秤にかけちゃいけないんだ。だから、私は掟は正しいと思っている」
「飛首族の掟って言うけど、どこにも仲間なんていないじゃん。てか、いないと同じじゃん。少なくとも今の状況では」
「……きみ、馬鹿なの?」
彼女の語調は、心底呆れたってものになった。
「あのね、8時間おきに行動が縛られていたら、会社勤めなんかできないし、社会人になれないよ。それより、そもそもとして大学受験だって受けられないかもしれない。歳上として言うけど、きみはまずは自分の人生を大切にしなさい。
きみは私の身体を隠してくれたら、そのあとはすべてを忘れてくれればいいんだ」
「そんなこと言うってことは、少しは俺の提案を考えてくれているんだね?」
「畳み掛ける言い方が怖いよ」
そう言って、僕の腕の中で彼女はため息をつく表情を作った。




