第9話 転機
俺は、人生で初めて一目惚れをした。
その相手は深い事情を抱えていた。その事情は知ったけど、でもどういう人格の、どういう性格の人かも知らないまま、長くても半日後には俺はその相手を看取ることになる。医者に走ることもできず、彼女の仲間にも連絡を取る手段がない。
「お前はもう死んでいる」なんて言葉のシチュエーション、あり得たんだ……。しかも、こんな形で。
なんか、あまりに現実離れしていて、本当に夢でも見ているみたいだ。
でも、すぐに現実が押し寄せてくることも理解している。
どれほど美しい人でも、またどれほど愛おしい人でも、死ねば生肉。あっという間に腐りだすだろう。俺は彼女の死体を隠し通さなきゃならない。そしてそのハードルは呆れるほど高い。せめて車の運転ができればいいけど、高校生の俺には望むべくもない。
俺にできることとしたら、庭に穴を掘って埋めるだけ。だけど、腐敗臭が出ないほど深く埋めるとなったら、重機もない俺がスコップ1つで、両親にも怪しまれずにそんな穴を掘れるんだろうか。
彼女の死体を隠しきれなかったら、ネットでもマスコミでもニュースで出ちゃうだろう。したら、高校の友達たちはどんな顔をするだろうか。
あいつら、嬉々として「いつか殺ると思ってました」とか、インタビューに答えそうなんだよな。いや、それ以前に、Y0uTubeデビューとかして語りだす奴が1人や2人じゃ済まないな、絶対。
「……ちょっと」
考え込んでいると、不意に声を掛けられた。語調はかなり不穏だ。怒ってるかな?
「なに?」
「すごく失礼なこと考えてない?」
そう言われて俺、生きている人の遺体処理を考えている自分に衝撃を受けた。
「『お前はもう死んでいる』って、なんてこと言うのよ。実際そうでも、言われた方の気持ち考えなよ」
「えっ、口に出ちゃってた?」
俺はベッド脇に座り込んだそのままに、土下座で謝った。
横たわった身体の胸の上に置かれた生首、これって相当に低い位置だ。その彼女に下手に出るには、それしかなかったからだ。ほんと、謝るとき、相手には高い位置にいて欲しいよな。でないと、穴掘ってそこに頭を入れて謝んなきゃならなくなる。
「私、そりゃあもう死んでるけど、それでもまだアンタを殺せるよ」
「絶対無理」
俺の断言に、彼女はそれができることを行動で示した。
いきなり、彼女が口を大きく開け、その顎の反動で僕の膝の上に飛んできた。
僕は反射的にその首を受け取ってしまい、そのまま凍りついた。彼女の口は僕の指の寸前にある。
「これで噛みついたら、きみはもう飛首族だ。
4時間あれは、身体は変わってしまう。そのときのどっちつかずのときに、胴体から首を離してしまえばきみはもう死ぬしかないんだよ」
「ひっ」
俺の口から声にならない悲鳴が湧いた。やっぱり、生首ってのは怖い。そこは俺、倒錯してなかった。とはいえ、俺にとっての彼女は弩ストライクの美人だから……、余計に事態の異常性が際立っていた。
ただ、それでもそれだけで済んだのは、彼女の目つきにどこかいたずらっぽいものがあったからだろう。
彼女の肝は座っている。自分が死ぬって時に、それも一族の秘密を隠し通すために死ぬってのに、なんて余裕なんだ。
俺なんかが、太刀打ちできる相手じゃない。ここで初めて俺の中に、彼女に対する尊敬の念のようなものが湧いた。惚れたとか、愛おしいとかではなく、純粋にこの人を死なせちゃいけないって思ったんだ。




