第1話:朝から赤面
……ん……あれ、ここは……。
ぼんやりした頭のまま、ゆっくりと目を開くと、そこにはあまり見覚えのない天井があった。
薄暗いといっても、夜って感じはしない。どちらかといえば朝だけどカーテンをしたままの部屋って感じがする。
えっと、僕、なんでこんな所で寝てるんだっけ……。
「嗚呼……優汰、様……」
……あっ!
側から聞こえた寝言みたいな声に、僕は勢いよく上半身を起こすと声の方を見た。
そこには、窓のある壁の方に向いたまま、枕を抱きしめすやすやと寝息を立てている。
僕の事を寝言で呼んでるけど、一体どんな夢を見てるんだろう?
表情は穏やか……っていうか、ちょっとにやけてる?
ま、まあ、多分悪い夢じゃないんだと思う僕が出てるのかわからないけど。
でも、なんで瑠音さんがここに……って。そうだった! 僕は昨日、千麻さんと瑠音さんと一緒に客間で寝ることになって……あれ? 千麻さんは?
状況を思い出した僕は、慌ててベッドの反対側を見た。
……あれ? いない?
彼女が寝ていたであろう場所はもぬけの殻。今この部屋に今いるのは瑠音さんと自分だけ。
もしかしてトイレかな?
それとも……。
部屋の外が気になった僕は、瑠音さんを起こさないよう息を殺しながらゆっくりベッドから降りると、足音を立てないように慎重にドアまで向かい、静かにドアを開ける。
そーっと、そーっと……。
そのまま静かに廊下に出た僕は、大きな音を立てないようゆっくりとドアを閉めた。
ふぅ……。多分起こさず出られたよね?
無事に閉まったドアを見ながら額の汗を拭っていると、耳元に何か音が届く。
あれは……蛇口から水の出る音?
音はすぐ止まったけど、キッチンの方から聞こえたのは間違いない。
もしかして、千麻さんは……。
僕はゆっくりと廊下を進みダイニングへと足を踏み入れると、カウンター越しにキッチンを見て動きを止めた。
袖が腕捲りされてる水色のパジャマを着た後ろ姿。
先端で束ねられた、濃紺の艶のある長い髪。
キッチンの流しの側に立っていたのは、昨日から見ている服装の千麻さんだった。
トントントンという、包丁で何かを切る小気味いい音。
火は点いていないけど、昨日置きっぱなしにした記憶のない片手鍋。
炊飯器を見ると、既に炊飯を始めたランプが点いている。
間違いない。
一人でみんなの朝ごはんを作ってくれてるんだ。
他に起きてる人もいないし、一人で頑張る気なのかも。流石に僕の家で、お客である彼女にそれをさせているのは悪いと思う。
「おはよう」
僕が声をかけると、包丁の音が止み、千麻さんがこっちに振り返った。
「おはようございます。起こしてしまいましたか?」
「ううん。さっき勝手に目が覚めただけ」
僕はカウンターを回り込み、そのまま千麻さんの前に立つ。
包丁を置き、近くのタオルで手を拭いた彼女は、僕に向き直ると申し訳なさそうな顔で頭を下げてくる。
「あ、あの。昨晩は、その……大変申し訳ございませんでした」
「え? 何かあったっけ?」
「は、はい。その……優汰君を、気絶させてしまいまして……」
僕が気絶?
「え、えっと。僕、寝てたんじゃなくて?」
「は、はい。その……目を、回されておりました……」
うつむき上目遣いにこっちを見る彼女は、未だ申し訳ない顔のまま。
でも目を回してたって、何でそうなったんだろう?
意識が無くなる前って何してったっけ?
えっと……確か、瑠音さんと千麻さんが僕の腕に絡みついたまま、僕にすごく顔を近づけてきて、それで緊張しちゃって、落ち着こうって羊を数えてて……あ。あれって眠くなる時にするやつじゃないか。
とはいえ、眠ってたわけじゃないなら、二人に抱きつかれている恥ずかしさに耐えられなくって、気絶しちゃったってこと、かな……。
ふと、あの時間近で見た瑠音さんと千麻さんの恥じらい顔を思い出し、僕は思い出したあの夜と同じように、顔の火照りを覚え始める。
「その、本当に申し訳ございません。私や瑠音が、色々と我慢できなかったせいで……」
「……え? 我慢?」
「は、はい……」
目を伏せた彼女は、両手の人差し指をつんつんとしながら、一気に顔を真っ赤にする。
「その……優汰君の隣で寝られる喜びに、あなたの事を気遣うのも忘れ、は、はしたなくも腕を抱きしめ、顔を寄せてしまい……ました……」
彼女もきっと昨日のことを思い出したんだろう。
眼鏡の下で、顔を真っ赤にした千麻さんの声はどんどん小さくなり、最後は囁くような声になる。
か、彼女もそんなに恥ずかしかったんだ。
で、でも、そんなに嬉しかったんだ。僕と一緒に寝るのが……それはそれで、ちょっと恥ずかしいけど。
「優汰君は私達のためにと、自由にさせてくださいましたが、そのせいで気絶するほど大変な思いを──」
「ち、違うよ」
僕が言葉を遮ると、千麻さんはおずおずと上目遣いにこっちを見る。
「そ、その。恥ずかしいとか、慣れてないとかは絶対あったし、勿論緊張だってしたけど。気絶しちゃったのは僕にそういった経験が全然なかったからだし、多分遅かれ早かれこうなったと思うんだ」
無言のまま話を聞く彼女がちょっと可愛らしく見えて、ちょっと別な緊張を覚えそうになる。
でも、今はそんな時じゃないよね。
僕は一度深呼吸をしてなんとか心を落ち着け話を続ける。
「気絶しちゃって心配をかけちゃったけど、その、千麻さんはその、僕と触れ合えて嬉しかったんだよね?」
「は、はい。それはもう……」
「う、嬉しかったんなら良かったし、次は気絶しないよう頑張るから。友達としてそうしたいって時はその……遠慮なく、とは言えないけど。機会ができた時は、あまり気にしすぎないでいいよ」
えっと、ちゃんと僕の気持ちを伝えられてるかな?
頭を掻き照れ隠ししながら、僕はなんとか笑顔を向ける。
正直恥ずかしさもあって、あまり理路整然と喋れた気がしない。
ただ、特別な友達として癒されるとか嬉しいって思ってもらえるなら、多少こういうのに免疫を持っておかないとだし。友達関係として必要っていうなら、何事も経験していかないと。
……流石に、一緒にお風呂はまだ早いと思うけど。
僕の反応を見ていた千麻さんは、少し嬉しそうな顔で目を潤ませる。
「優汰君は、本当に優しい過ぎます」
「そ、そうかな?」
「は、はい」
ふと緊張した面持ちを見せた千麻さんは、僕から視線を逸らし両手を胸の前で組むと。
「私は、その……そんなあなたが……す、好きですよ」
ぽそりと、そんなことを口にした。
そ、そっか。僕のことが好き──。
「え? 好き?」
す、好きってどういうこと!?
それって友達としてってわけじゃなく!?
急に胸がバクバク言い出して、喉が乾いてくる。
これってその、異性として──。
「あ、そ、そのですね! この間、沙和が言っていたお話の通りです!」
顔を真っ赤にしたまま、両手を振り僕の変な勘繰りを否定した。
さ、沙和さんが言っていた話? ……あ、あったあった。
「あの、考え方が好きで尊敬できるっていう?」
「そ、そう。そのお話です。その、わ、私もそういった考え方は好きですし、見習わないとと思ったのです」
僕の勘違いのせいで、恥ずかしそうに俯いてしまった彼女。
そ、そっか。またあの時と同じく勘違いしそうになったじゃないか。
まったく。僕と友達以上の関係になりたいなんて、普通思う人いないでしょ。
いくらTOP4と友達になったからって自惚れすぎだ。
「か、勘違いをさせてしまい、申し訳ございません」
「う、ううん。こっちこそごめんね。じゃあ、朝ご飯を作るのを手伝うよ」
「は、はい。お願い致します」
内心すごくほっとした僕が笑顔を向けると、ちらりと目を合わせた千麻さんはちょっと硬い笑顔を向けてくる。
で、でも、こうやって好きって口にされるのは心臓に悪い。
こんなのに耐性がつく日なんて来るのかな?
僕はそんな事を思いながら、朝ご飯の準備の続きを手伝うことにしたんだ。




