第29話:それはどっちに入るのか
布団をかけ、ベッドに横になる。
毎日の生活で最も落ち着けるはずの時間に、僕は人生で一番緊張していた。
三人それぞれに無事布団はかかり、僕らを包み込んでくれたはず。
でも、うまく布団が掛かっていない人がいないか配で、僕は二人の様子を確認しようと横を見たんだけど。
右側を見れば、常夜灯の淡い光に照らされた瑠音さんが体ごとこっちに向き、腕を胸の前で組んだままじっと僕を見つめていた。
彼女は布団を首元まで掛けていて、顔はちゃんと見えてるんだけど、手を伸ばせば──ううん。そこまでしなくても、腕を少しでも動かせば届きそうな距離にある整った顔はやっぱりすごく綺麗で、切なげな顔で目を潤ませている姿も十分魅力的。
「嗚呼……優汰様が、こんな近くに……」
ぽそりと独りごちた彼女のささやき声を聞きすごく気恥ずかしくなった僕は、声すら掛けずに顔だけ反対を向いたんだけど。
そっちにいるのだって学校のTOP4の一人。
千麻さんは千麻さんで、両手で布団を持ったまま深く被り、仰向けのまま顔の上半分だけを出し横目に僕の方を見つめていた。
潤んだ瞳なのは瑠音さんと変わらない。
だけど、相変わらず恥ずかしそうな雰囲気を醸し出していた彼女は、僕と目が合い無言で数秒見つめ合った後。
「恥ずかしいのに……嬉しい……」
なんて呟くと、僕から目を逸らしながらも眼鏡の下からちらちらこっちの様子を窺ってくる。
その愛らしい仕草と脳を溶かしそうな声は僕を更にドキドキさせてきて、流石にヤバいと思って僕は再び顔を天井に向け二人と目が合わないようにした。
……や、やっぱりこれ、ヤバ過ぎだと思う。
彼女達の特別な友達って、こんな空気に慣れた猛者しかいないのかもしれないけど、僕は全然そんな事はないし。
正直、こんなの一生慣れないと思う。
ど、どうしよう!?
このままおやすみって伝えて、早々に寝ちゃったほうが──。
「優汰君」
よからぬ考えを持った瞬間、タイミングよく千麻さんに名前を呼ばれ、僕は思わずビクッとしてしまう。
な、なんだろう?
「え、えっと、何?」
顔はそのままに横目に千麻さんを見ると、彼女は未ださっきの姿勢のままこっちを見ていた。
僕と目が合うと恥ずかしそうにまた目を逸らす。それでも何か伝えたかったのか。今度は体ごとこちらを向いた。
布団をちょこんと両手で持って、そこから半分顔を出し恥じらっている千麻さんはどこか小動物っぽい感じもあって、これはこれで可愛いな……。
「あ、あの。その……優汰君のお手を取っても、よろしいですか?」
……え_? 僕の手を取りたい?
「ど、どうして?」
「え、えっと……」
僕の問いかけに、戸惑いながら何かを言い淀んだ千麻さんは、そのまま布団により顔を隠し、目より下を完全に隠すと。
「私もその……優汰君に、青春を感じさせてあげられたらな、と……」
青春。
多分この言葉を彼女が口にした理由は、沙和さんに感化されたからだと思う。
──「それでねー。あーし達はー、優くんがこれまで経験できなかったアオハルなこと、いっぱい経験させてあげたいわけ」
二人きりでお風呂に入っていた時に、そう言ってくれた沙和さんは、みんなの前でも僕の限られた時間何かを話してくれた。
あれだけ熱のこもった話を聞いたからこそ、きっと千麻さんも気にしてくれてるんだろうって思う。
正直、これ以上刺激が強くなると、僕も頭がくらくらしそうだ。
だけど、きっと千麻さんのことだから、遅かれ早かれこういう提案をしてきてたよね。
だとすれば、それが前倒しになったって思えばいいのかな……。
「ゆ、優汰様! 私も! 私も是非、優汰様に触れ合いたいですわ!」
僕が少し答えを迷っていると、突然背後から瑠音さんが必死さを感じる声でそう言ってくる。
彼女も同じように気遣ってくれている……っていうより、なんとなく壁ドンの話をした時の印象が重なってしまう。
ただ、瑠音さんもなんだかんだで僕のことは色々考えてくれてるし、この間助けてもらった恩なんかもあるから、自分がこういうのが苦手だって無下にするのも気が引けるんだよね。
僕は二人を見ないように、再び天井の明かりを見ると、ふぅっと息を吐く。
今の話だと、多分手を繫ぐとかって感じだよね?
──「ちなみにー。二人とベッドで寝るのはいいけどー、エッチなことはぜーったい駄目だかんね」
──「エ、エッチなこと?」
──「そ。ハグなんかは仕方ないよ? でもー、キスしたりー、二人の胸とか触れたり。なんならその先の関係になっちゃうのは、流石のあーし達も許せないし。ね? きよっち?」
沙和さんの言ってたことを思い返す限り、きっとそれはハグ寄りだよね?
だとしたら、OKはしてもいいってことのはず。
「優汰君、その……嫌、でしょうか?」
「優汰様がもし嫌なのでしたら、無理強いはしませんけれど……」
僕が沈黙を守っていたせいか。二人が少し落ち込んだような声を出す。
こういう声を出させちゃうのって、なんか友達として申し訳ない気持ちになるよね……。
……さっきだって、沙和さんや喜世さんのお願いを聞いたんだし、千麻さんと瑠音さんのお願いだって聞いてあげないと不公平だよね。
手を繫ぐだけなら、ハグされるよりは刺激も少ないと思うし。
「あ、ご、ごめんね。二人がしたいっていうなら、いいよ」
僕が左右の二人に順番に笑顔を向けると、二人は嬉しそうな顔をした。
沙和さんと喜世さんもそうだったけど、こうやって笑顔を見せてくれるってことは、僕との触れ合いをそこまで楽しみにしててくれたってことだよね?
きっと、少しでも特別な友達としてより仲良くしていきたい。そんな気持ちの表れ……ってことでいいのかな?
「で、では、失礼しますね」
「い、いきますわよ」
流石にどちらかをじっと見てるってわけにもいかないもんね。
僕は再び視線を天井に向け──。
むにゅ
──え? むにゅっ?
腕に感じた少し前にも感じた気がする感触。
こ、この柔らかさって──まさかっ!?
思わず左右を確認した僕は、すぐまた天井に視線を戻し固まった。
い、今の、やっぱり二人とも、腕に抱きついてたよね!?
間違いなく縮まった二人との顔の距離。なくなっていた僕達の間にあった空間。
腕全体に感じる刺激……特に二の腕はパジャマ越しなのに左右からすごく柔らかい物に挟まれている感触がある。
「嗚呼……車で味わったこの感触……素敵……素敵ですわ……」
うっとりとした瑠音さんの感嘆の声。
「う、嬉しい……」
喜びを噛みしめる、千麻さんの囁き声。
ほぼ同時に届いた蠱惑的な声と刺激的な感触……こ、これ、どうすればいいの!? どうもできないの!?
一気に顔が熱くなり、胸のドキドキも強くなりすぎた僕は目を瞠ったまま、ただただ天井を見つめることしかできなかった。




