第26話:意見の相違
そういえば、この間は僕が頭ひとつ出るように岩で調整したけど、今回はどうしよう?
「えっと、ベッドとか使った方がいい?」
念のため確認すると。
「そのままでいいって。こういう時、毎回気を使わせても悪いだろ」
なんて言って、彼女はにかっと笑い手を広げた。
例に漏れず、喜世さんも顔は赤い。
それでもこう言えるのって、本当に頼もしいし頼りになる印象がある。
……うん。僕も少しは彼女を見習わないと。
喜世さんが大丈夫って言うなら、その言葉を信じて頑張ろう。
正直、緊張で喉が渇いてるけど。
「わ、わかった。いくね」
今回は僕から抱き締めればいいのかな?
ちょっと違和感を覚えながらも、僕はゆっくりと彼女を抱き締めた。
身長差のせいで、僕の顔は彼女の首下くらいの高さに落ち着く。
さっきの沙和さんの時と違う、だけどやっぱり甘美な感じのする喜世さんの匂い。
パジャマの襟元からちらりと見える、しっとりとした肌と鎖骨。
沙和さんよりは大きくない胸の膨らみ。だけど、それが触れている感触がより顔に近い所で感じてる。
それらはどれもちょっと刺激的で、僕は慌てて横を向き誘惑から視線を逸らすと、感情をごまかすように喜世さんの背中に回した腕に力を入れた。
それを合図に、彼女も僕の背中に腕を回してくると、沙和さんの時同様、パジャマ越しに少しずつ熱を感じ始める。
まだまだ慣れてるわけじゃないし、気恥ずかしさは間違いなくある。
だけど、ドキドキはするけど沙和さんの時より落ち着けてるのは、喜世さんとは数日前にこういうことをしてたのと、さっき見せてくれた笑顔があるのかも。
喜世さんは今、どんな気持ちなんだろう?
実はすごく余裕があったりして。でも彼女ならありえそうだよね。
そんなことを思いながら耳を澄ましていると、喜世さんは大きく深呼吸を──あれ? これ、深呼吸じゃない?
違和感を覚えた理由。
それは、耳に届いた鼻から息を吸っていると思われる音が、妙に小刻みだったから。
まるで、犬が何か匂いを嗅ぐ時みたいに……。
「やっぱ、ヤベえな。これ……」
途中、ぽそりと聞こえた感嘆の声は、まるで料理に感動した時みたいな反応。
え、えっと……これ、何?
僕が何も言えないまま、なすがままになっていると。
「でしょでしょ! もーっ! 今夜ずーっとこれを味わえるなんて。るとっちもちっちーもー、超うーらーやーまーっ!」
喜世さんの後ろにいるであろう沙和さんが、興奮覚めやらない声をあげた。
え、えっと、これってさっき沙和さんが言ってた、いい匂いを指すのかな?
ただ、ここまで露骨に匂いを嗅がれてると、嫌がられてるわけじゃないにしろ、何か変なんじゃないかって流石にちょっと心配になる。
本当に汗臭くないんだよね? 大丈夫だよね?
恥ずかしさよりそっちの心配をする気持ちが大きくなっていると、一度大きく息を吸った喜世さんは。
「でも、やっぱ落ち着くな……」
落ち着きある優しい声でそう口にした。
落ち着くんだ。僕を抱きしめてたら。
その言葉は、僕をちょっと嬉しい気持ちにさせた。
だって、大して取り柄のない僕が、少しは友達の役に立っているような気持ちになれたから。
ただ、沙和さんは喜世さんと違う感想だったのか。
「えーっ!? 落ち着くー!?」
彼女はそんな疑いの声をあげた。
「ああ。めっちゃ安心するし、すげー落ち着く」
「嘘ー!? あーしなんて、ずーっとドキドキだったよ?」
「そりゃ、そういう気持ちはあるけどよ。なんていうかこう、うまく言葉にできねえんだけど。優汰の感触が丁度心地良いっていうか。こういう抱き枕を抱きながら寝たら、快眠できそうっていうか」
「きよっちってやっぱ変だよねー。あーしだったらー、優くんが隣で寝てたら嬉しすぎてすぐに寝られないけどなー」
「ま、意見の相違ってやつだな。同じところは、どっちもこいつにいてほしいって事だけどよ」
やっぱり、こういう時ってみんな感覚が違うんだなぁ。
今でこそ喜世さんのお陰でちょっとは落ち着いてるけど、もし一緒に寝るなんてなったらずっと緊張しっぱなしになって、喜ぶとか落ち着くなんて気持ち、早々持てない気がする。
「さって。あまりあいつらを待たせとくと、後で面倒そうだな。特に瑠音によ」
それを聞いて、僕は胸に収まったまま喜世さんを見上げると、彼女は名残惜しそうな顔をしてる。
「もう、いいの?」
念の為そう確認すると、僕の視線に気付いた喜世さんがこっちを見下ろした直後、ぽんっと顔を真っ赤にした。
「だだだだ、大丈夫! 大丈夫だからよ!」
急に激しく動揺した彼女は、そのままこっちの肩を持つと、ぎゅっと僕を引き離した。
……痛っ。
掴まれた腕の力が思ったより強くて思わず顔を歪めると。
「わ、わりい!」
慌てて肩から手を離すと、少し腰を落とし俺を覗き込んでくる。
「い、痛かったか?」
「ちょっと。でも、もう痛くないし。ほら。ちゃんと腕も動くし」
あまりに不安な顔をする喜世さんを安心させようと、僕は笑顔を向けた後、腕を曲げたまま肩を回してみせる。
そんな僕達の脇に、頬を膨らませた沙和さんが姿を見せた。
「もーっ。きよっち、気をつけてよねー」
「ほ、ほんと悪かったって。突然こっち見てたから、焦っちまっただけだし」
両手を腰に当て怒りを露わにする彼女を見て、喜世さんが心底申し訳なさそうな頭を下げる
でも、さっき強く掴まれた瞬間はやっぱり痛かったけど、本当にすぐ解放してもらったし、痛みだって残ってない。
それなのにあまり責められても可哀想だと思う。
「沙和さん。本当に大丈夫だから。喜世さんだって悪気があったわけじゃないし、元は僕が驚かせちゃったせい。だから、そんなに責めないであげてくれる?」
生意気なこと言ってるかも。
そんな不安はあったけど、二人の仲を取り持ちたくて、僕は必死に大丈夫だってアピールしてみる。
言葉を聞いて、こっちを見た沙和さんと喜世さん。
二人は僕の表情を見た後、互いに顔を見合わせくすっと笑うと、またこっちに顔を向ける。彼女達らしい笑顔で。
「ほーんと。優くんってばやっさしー!」
「ほんとだぜ。優汰、悪いな。気を遣わせてよ」
良かった。この感じはいつもの二人だ。
「気にしないで。みんなには仲良く笑顔でいてほしいし」
僕がそう言って微笑み返すと、急に目を逸らした二人が恥ずかしそうに顔を背ける。
あれ? なんか変なこと言ったかな?
そんな僕の疑問に対し。
「ちっ。こういうのが一番やべえんだよ」
「ほんとほんと。優くんってばそういうとこ天然だよねー。だから超ヤバいんだけど」
二人はちらちらとこっちを見ながら、褒められているのかどうなのかわからない答えを口にしたんだ。




