第25話:敗者のおねだり
僕は自分の寝室のドアを開けると、壁のスイッチを入れる。
暗闇が電気の明かりで打ち消され、僕にとって見慣れた部屋が広がった。
「ここが僕の寝室だよ」
僕が部屋の中に入ったのに続き、喜世さんと沙和さんの二人が中に入ってくる。
「リビングと同じで、案外飾りっ気がねえな」
「確かにー。思ったより物が少ないねー」
部屋を見回した彼女達がそう口にするのももっとも。
僕の寝室にある物といえば、本棚にパソコンデスク。勉強机にベッド、タンスとかくらい。一応壁にカレンダーや壁掛け時計も飾ってあるけど、それ以外に飾ってあるような物なんてない。
「ごめん。ちょっとここで待ってて」
「おっけー。ちなみにー、本棚とか見てもいーい?」
「うん。いいよ」
僕は彼女達を部屋に残したなま一人リビングに戻ると、そのまま廊下を経由し客間に向かった。
閉まっているドアを三度ノックすると、「どうぞ」という千麻さんの声がする。
「入るね」
念のため声を掛けてからドアを開けると、布団の敷かれたベッドの端にちょこんと腰掛けている、パジャマ姿の千麻さんと瑠音さんが目に留まる。
両手を膝に置き座っている彼女達は、少し緊張気味。
「も、もう寝室の説明が終わったのかしら?」
「ううん。先に喜世さん達の荷物を運んでこようと思って。もう少しだけ待っててくれる?」
「ええ。構わないな」
「は、はい。わかりました」
「ちなみに、彼女達の荷物って……」
「そちらの二つですね」
「ありがとう」
二人の緊張が伝染る前に、僕はいそいそと窓際にある千麻さんが教えてくれた荷物を手にすると、そそくさとその場を後にした。
◆ ◇ ◆
それぞれがこの部屋割になっている理由こそ、さっきのくじ引きの結果だった。
Qを引き当てたのは瑠音さんと千麻さん。
Wを引き当てたのは喜世さんと沙和さん。
それぞれのくじを引き当てた時の反応は、それはもう対極的だった。
──「うっそーっ!? あーん! 神様のいけずー!」
──「マジ……かよ……」
神様を責め泣き崩れる沙和さんと、絶望を隠そうとせず呆然とする喜世さんに対し。
──「嗚呼……嗚呼……神様、ありがとうございます!」
──「きゃーっ!」
喜びに目を潤ませ神に感謝する瑠音さんと、普段の淑やかさなんて感じない、両手を上げぴょんぴょん飛び跳ねながら、喜びを全身で表す千麻さん。
それだけ期待されてたんだなって言うのを改めて感じながら、同時にくじ引きを外した二人の落胆ぶりには申し訳なさも感じたけど、これもみんなが望んで選び、引き当てた結末。
それも仕方ないよね、なんて思った矢先。
──「くじ引きは負けたけどー、その代わり優くんの聖域、寝室ツアーはあーしときよっちの特権だかんね!」
なんて沙和さんが言い出したんだ。
それには瑠音さんと千麻さんも強く反発したけど。
──「いいじゃねえか。お前らは一晩優汰と一緒。しかもこいつの初めてを貰うんだろ? だったら、俺達にも少しは特権をくれよ」
という不貞腐れた喜世さんの一言が決め手になり、瑠音さん達は渋々なこの案を受け入れたんだ。
◆ ◇ ◆
「うわー。優くんの本棚、参考書と料理本ばっかりじゃーん」
「すっげーな。こんな本棚、本屋とか図書室でないと、中々見られねえぜ」
僕が部屋に戻ると、沙和さんが両足を閉じ座り込み、喜世さんはその後ろから中腰で僕の本棚を覗き込んでいた。
確かにマンガや小説なんて全く読んでこなかったから、本棚にあるのは一人暮らしするようになって買った料理本と、勉強のための参考書くらい。
「つまらない本棚でしょ」
半開きのドアから部屋に入った僕は、彼女達の荷物をベッドの側に置く。
「そんなことないってー。優くんの真面目さがちゃーんと伝わってくるし」
「ほんと。お前の飯が美味い理由もよくわかるな」
僕に気づいて立ち上がり振り向いた二人は笑顔でそう言ってくれるけど、変に気を遣わせてないかちょっと心配かも。
「寝るまでの間は、自由に部屋で寛いでもらっていいけど、押入れの中はあまり片付いてないから見ないでもらえる?」
「ああ。流石にそんな所まで手は出さねえよ」
「もちっ! 安心していいかんね!」
僕のお願いに二人は笑顔で頷いてくれる。
別に見られたくない物があるわけじゃないんだけど、押し入れの荷物自体は結構雑多に入っているのもあるしね。
さて。後はそれぞれの部屋に別れて寝るだけ。そろそろ千麻さん達の所に戻らないと。
まあ、部屋に入る前に緊張を解さないとだけど……。
「それじゃ、二人ともゆっくり休んで──」
「ちょーと待ったー!」
「え?」
僕がそのまま部屋を立ち去ろうとした瞬間、沙和さんが片手を上げ僕を呼び止めた。
あれ? 何か質問でもあるのかな?
「どうしたの?」
きょとんとしながら僕が尋ねると、彼女は僕の前に立つと、少し頬を赤らめながら両手を広げる。
「優くーん。最後にー、あーし達をハグしてほしーなー」
「……えっ!?」
甘い声でおねだりしてくる沙和さん。それを見て、僕は思いっきり戸惑いを見せた。
彼女の後ろに立つ喜世さんも、予想外の言葉に目を丸くしてるけど。
「な、なんで!?」
僕の問いかけを聞き、彼女は広げた腕を後ろに回すと、くねくねしながら口を尖らせる。
「だってー。ちっちーやるとっちが一緒に寝たら、絶対優くんにくっつくじゃん」
「そ、そうなの?」
「あったりまえじゃん! でもー、あーしときよっちはそういうの味わえないじゃん。だからー、お休み前に幸せな気持ちで寝られるように、ぎゅーってしてほしいの。ね? お願い」
ぎゅーって抱きしめる……。
両手を合わせてきた沙和さんを見た瞬間、家に来た時に抱きしめられた時のことを思い出す。
沙和さんの胸の感触や恥じらいの表情。
それは僕の顔を真っ赤にするのに十分だった。
「お、俺からも頼む! お前がいないのはしゃーねーけど、その……俺も、少しはお前のこと、感じておきてえし……」
き、喜世さんまで……。
目を泳がせ恥じらっている表情が、夜の丘で彼女を抱きしめた時と重なる。
え、えっと、こ、これもやっぱり、特別な友達の役目なのかな。
確かに二人は一緒に寝られないんだし、そういう意味じゃご褒美──になってるのかはわからないけど、そういうのを望むんだったら、してあげたほうがいいのかな?
うーん……ま、まあ、今までと一緒かな。
僕が恥ずかしいのを我慢すればいいだけ。
それで二人が幸せとか癒しを感じるっていうんなら、それはそれでもいいと思う。
「え、えっと、それで二人がくじが外れたショックとか和らぐっていうなら──」
「あ、当たり前だって! お前に抱きしめられたら、そんなぶっとんで快眠だぜ! な?」
「うんうん! あーし達、ぜーったい良い夢見られるもん。だからー、いいしょでしょ? ね?」
「そ、そっか。じゃあ、いいよ」
「やったっ!」
二人がこれで元気になるなら、まあ。
顔を見合わせ嬉しそうに笑う二人を見ながら、僕は心を落ち着けようと、胸に手を当てふぅっと息を吐く。
「じゃあ、優くん。ぎゅーってして」
沙和さんが再び両手を広げ、恥じらいながらおねだりしてくる。
僕は無言で頷くと、ゆっくりと彼女との距離を縮め、そのまま彼女を胸に収めると、彼女の背中に腕を回した。
胸に収まった彼女の首筋から香る甘い匂い。
さっき偶然抱きしめたときよりはっきりと感じる、押し当てられた大きな胸の柔らかさと、後に回された腕の圧。触れている胸から小さな鼓動まで感じ始めた瞬間、僕の緊張感が一気に加速する。
こ、ここに沙和さんがいるんだよね……。
熱に絆され、頭がふわふわする中。
「優くん、あったかーい……」
僕の名前を囁く声が、脳を溶かしそうになる。
……さ、流石にこれ以上はやばいかも。
そう思って僕がゆっくりと彼女を解放すると、沙和さんも空気を読んでくれたのか。
ゆっくりと腕を解き僕から離れると、くるっと踵を返し背中を向けた。
え? 今の反応……も、もしかして!
「ご、ごめん! 汗臭かった!?」
「ち、違う! 違うから!」
思わずあたふたした俺に対し、沙和さんは後ろを向いたままそう叫ぶ。
「で、でも、今慌てて離れたし──」
「優汰。信じてやれってー」
不安ばかり先行する僕を戒めるように、喜世さんがニヤニヤしながら……え? なんでそんな顔してるの?
僕の戸惑いを表情で理解した喜世さんは、目を細めながら沙和さんを指差し、めちゃくちゃ楽しげな顔をした。
「いつだったか。誰かさん言ってたよなー。『うっわー。きよっちってそんな顔するんだー』ってよー。ったく。お前だってめっちゃニヤけてるじゃねえか」
「う、うっさーい! まさか優くんのドキドキまで感じるって思ってなかったし! そ、それに、あんないい匂いしたら、そりゃー、あーしだってその、こう……ん、するし……」
最初は勢いよく突っかかっていた沙和さんだけど、少しずつ声が小さくなり、恥ずかしそうな声になり。最後には聞き取れないような囁き声を出す。
い、いい匂いだったの?
自分じゃよくわからないけど、嫌な匂いじゃないならよかった。
気になって自分のパジャマの匂いを確認していると。
「じゃあ、次は俺だな」
顔を赤くした喜世さんが、笑顔で僕の前にやってきたんだ。




