第18話:思い出ができるなら
「えっと、こんな時間から調整できるかわからないんだけど。もし、僕の家に泊まれる人がいたら、沙和さんと一緒に泊まれないかな?」
「は!? 今日、この後か?」
「う、うん」
僕の提案に、真っ先に驚いたのは喜世さんだった。
当の沙和さんは口に手を当てたまま、目を丸くし固まってる。
「どうしてそのようなご提案を?」
眼鏡をクイッと直した千麻さんが、少し緊張の面持ちを見せる。
彼女の視線を強く感じながら、僕は萎縮しないようにしながら話を続けた。
「あ、うん。さっきの話だと、泊まるのが沙和さんだけだったから怒られたのかなって。違うかな?」
「はい。それはその通りですが……その、優汰君は何故、そこまでして沙和を家に泊めてあげたいのですか?」
「その、沙和さんは泊まりを楽しんでたみたいだし、結局彼女は今日家に戻れないでしょ? だったらみんなも一緒に泊まれたら丁度いいんじゃないかなって。ほら。僕の家なら、みんなが寝る場所も確保できそうだし」
折角沙和さんが楽しんでいたのなら、そのまま楽しんで明日までいてもいいんじゃないかなって思ったんだ。
僕も友達の思い出が増えるのは嬉しいし。
ただ、僕の提案に表情を曇らせたのは喜世さんと千麻さんだった。
「まあ、明日のバレー部の手伝いは午後からだし、余裕はあるっちゃあるけどよ」
「こんな時間に男子の家に泊まらせてほしいと話をしても、流石に両親は納得しないかと……」
「だよな……」
まあ、確かに僕が無茶な提案をしたのはわかってる。
となると、後は瑠音さんだけ。
僕が顔色を窺おうと彼女を見た瞬間。瑠音さんは真面目な顔でさっとスカートのポケットからスマホを取り出すと、迷わずどこかに電話を始めた。
「……面条。私よ。家に連絡し、すぐに私の宿泊の準備をして、優汰様の家まで届けなさい。……ええ。今すぐによ。勉強道具は既に机にまとめてあるわ。そちらも忘れないように伝えて。それから、荒井家と長月家のご両親に喜世と千麻の宿泊許可もいただきなさい。いつものように、宿泊先は私の家と伝えておけばいいわ。あと、この後すぐ下に向かうから、車を出せるようにしておきなさい。ええ。よろしく頼むわね。では」
流れるように面条さんに指示を出し続けた瑠音さんは、通話を終えるとすっとスマホをポケットに仕舞うと、凛とした表情で僕を見た。
「優汰様。これでよろしくて?」
「え? えっと、これでいいっていうか……」
今ので全員が泊まれるようになったの?
あまりにあっさりと事を進めた彼女を見て、未だに実感が沸かない。
「お、おい。いいのかよ? これで」
多分同じ気持ちだったのか。喜世さんが戸惑いながらそう尋ねると、両腕を組んだ瑠音さんが胸を張る。
「ええ。テスト勉強こそ一緒にできないとはいえ、朝まで一緒にいるのは難しくないでしょう?」
「ま、まあ、そうっちゃそうだけど。どうせ明日は泊まり用の荷物を──」
「家に持って帰りたいと言うのでしょう? そんな物は私に任せておけば良いわ。優汰様のご厚意に預かる以上、明日はここから学校に通うつもりで、ギリギリまでここで過ごしなさい。千麻も泊まることに異存はございませんわよね?」
「は、はい。私は勿論構いませんよ。その……パジャマ姿を見られるのは、少々気恥ずかしいですが……」
千麻さんは瑠音さんから目を逸らすと、顔を赤らめ僕をチラチラと見る。
え、えっと……そんな顔をされるとこっちも恥ずかしい気持ちになる。
っていうか。なんなら僕はもうパジャマ姿を見られてるわけだし……。
「沙和。これで満足かしら?」
「え? あ、えっと、その……いいの?」
あまりに話がうまくいきすぎたせいで、沙和さんもやっぱり戸惑いを見せてる。
そんな彼女を見て、瑠音さんが肩を竦めた。
「いい? 貴女が私達を出し抜こうとした事を許したわけではないわ。だけれど、貴女が話した通り、優汰様の時間が限られているのも確か。であれば、このような貴重な時間を無駄にするなど許されませんもの」
フンッとそっぽを向きながらも、顔は明石口調もどこか恥ずかしげ。
きっと瑠音さんなりの照れ隠しかな。
そう思って見守っていると。
「るとっち! ありがとー!」
ぱぁっと笑顔になった沙和さんが、勢いよく瑠音さんに抱きついた。
「さ、沙和!」
「ほんとありがと! やっぱこういう時、頼りになるのはるとっちだよねー!」
最初は戸惑っていた瑠音さんだけど、ぎゅっと力強く抱きしめられたことで沙和さんの本音を感じ取ったのか。ふっと優しい顔を見せる。
「まったく。私に礼を言うよりも、優汰様に感謝するほうが先でしょう?」
「あ、そうだった」
さっきまでのことがなかったかのように、ばっと瑠音さんから離れた沙和さんが、僕の前に立つとにこっと笑う。
「優くん。本当にありがと!」
「ううん。こっちこそ。友達としてこういう思い出を増やすきっかけをくれてありがとう」
彼女の笑顔を見て安心した僕が笑顔を返すと、沙和さんは目を細める。
「もー。やっぱ優くんってば格好良いし頼りになっちゃうよねー。そういうとこ、好きかも!」
……え?
「す、好き?」
突然口にされた言葉に、僕は完全に面食らう。
それは他のみんなも同じだったんだろう。
「お、お前!?」
「さ、沙和!? 何を仰ってますの!?」
「い、いきなりそんな言葉を口にしたせいで、ゆ、優汰君も困っていらっしゃるじゃないですか」
頰を真っ赤に染めた三人がおろおろしながらそんな言葉を並べると、悪びれない沙和さんが両手を頭の後ろに回しにこにことする。
「そういう優しい部分とかー、みんなもいいと思わない? あーしならそういう考え方とか好きだなー。友達として尊敬できるしさー」
……あー。これ、沙和さんがみんなをからかったのか。
確かに僕だって、みんなの優しい性格なんかは好き嫌いでいえば好きだと思う。でも、それは友達だからこその褒めたい部分なわけで、別に異性としてどうこうって話じゃない。
僕が真実に気づき、内心ホッとしていると。
「あれー? もしかしてー、みんなラブとライク、勘違いしちゃった?」
にしししっと何時ものように笑う、普段と変わらない沙和さん。
三人はそれをからかわれたと気づいたみたい。
千麻さんは胸をなでおろし、喜世さんは「けっ」と顔を不満そうにそっぽに向ける。そして瑠音さんは。
「ま、まったく。紛らわしい事を言ってないで、貴女はさっさと着替えなさい。優汰様と二人きりで留守番なんて許しませんことよ」
はっきりと苛立ちを顔に出すと、そう吐き捨てて彼女に背を向ける。
「はいはーい! すぐ着替えてくんねー!」
三人の反応を楽しんだ沙和さんは、僕にウィンクをすると、そのまま小走りに廊下の方に走っていく。
「ったく。ふざけやがって」
「まったくですわ」
「ですね……」
そんな後ろ姿を眺めながら、三人はそれぞれに呆れ顔を見せたんだ。




