第16話:修羅場
……え?
予想外のことに、僕と沙和さんが顔を見合わせる。
今って何時だろ? ……あ。もう十時回ってるじゃないか。
「あれ? 優くん。今日ってー、誰か来る日だった?」
「ううん。その予定はないけど……」
「じゃー宅急便とか?」
「ううん。実家から荷物が来る時は事前に連絡が来るし、ネットショッピングで何か買ったりもしてないんだけど……」
何だろう?
もしかして配送業者が間違って家に荷物を届けようとしている可能性もあるけど。一旦インターホンのカメラを見てみようかな。
「ちょっと待ってて」
「う、うん……」
ふと隣の沙和さんを見ると、顔が真っ青。
それを見て、僕の中にふとある記憶が蘇った。
……まさかと思うけど。貴堂君とか、彼に近しいストーカー?
そうだったら最悪の事態だけど、どっちにしても確認してみないとわからない。
ピンポーン
僕達が反応しないことに業を煮やしたのか。もう一度鳴ったインターホン。
うん。とりあえず行ってみよう。
僕は緊張しながら立ち上がると、インターホンまで歩いて行く。
そのディスプレイに映っていたのは……あれ?
そこに映っている人達を見て、僕はさっきまでの緊張を忘れ、逆に困惑を覚えた。
え? なんで瑠音さん達が?
そう。そこにいたのは私服姿の瑠音さん、千麻さん、喜世さんのさん人だった。
三人の立ち姿から、妙にピリピリした雰囲気を感じるけど……。
「はい」
『優汰様。夜分遅くに悪いのだけど、玄関を開けてもらってもよろしいかしら?』
「う、うん。ちょっと待ってて」
やっぱり。声にも少し苛立ちがある気がする。
早めに開けたほうがいいかな。
「なんか瑠音さん達みたい」
念の為後ろを振り返り、ソファに座ったままの沙和さんを安心させようとそう声を掛けたんだけど、彼女は未だ顔を青くしたままうつむいてる。
え? これってどういうことなんだろう?
疑問に疑問が重なるものの、流石に外の三人を待たせておくわけにもいかない。
僕は一旦沙和さんをそのままに、一人玄関に向かうと扉を開けた。
夜の町を背景に立つ三人の初めて見る私服姿。
それは三者三様に似合っていた。
真ん中に立っている瑠音さんは、明るいベージュ柄の丈の短いジャケットの下に、ひらひら多い白いシャツと茶と赤を主体としたチェック柄の膝丈まであるスカート。どこかクラシカルな雰囲気があるのも含め、お嬢様らしさを感じる。
向かって左に立つ千麻さんは、細い肩紐のある紺色のワンピースのようなスカートの下に、白のシャツを着ている。珍しく髪留めで長い髪をまとめて左肩から前に流しているのもあって、普段とは違う知的さがある。
向かって右の喜世さんは、デニムのズボンにジャケット。その下に白と黒のボーダーのシャツを着込んでいる。
活発な彼女らしさを感じるけど、ズボンの腰の位置がモデルさんのように高いし、結構足にフィットしたすらりとした感じもあって、普段より女性っぽさは強く感じる。
ただ、三人はこれだけ着飾っているのに、表情に笑顔はない。
「ごきげんよう。優汰様」
「こんばんは。でも、どうしたの? こんな時間に」
「なあ優汰。今、お前の家に沙和が来てねえか?」
「あ、うん。来てるけど……」
「やはりですか……」
え? やはり?
千麻さんの言葉に、三人が同時にため息を漏らす。
っていうか、なんでわかったんだろう?
「優汰様。沙和と話をしたいのだけれど。少しお邪魔してもよろしくて?」
「え? う、うん。いいよ。どうぞ」
未だ色々と謎が残っていたけど、とりあえず僕は瑠音さんの言葉に頷くと、みんなにそう促して一人リビングの方に戻って行く。
と、とりあえず紅茶くらい出さないとかな。
リビングのソファに座っている沙和さんの不安げな表情は心配だったけど、みんなが彼女と話したいっていうなら邪魔できないし。
途中、ダイニングで一旦キッチン側に逸れた僕は、ケトルにお湯を沸かす準備をしながら、四人の動向を見守ることにした。
ダイニングに入り、リビングの前に立った瑠音さん達。
「沙和。ごきげんよう」
「や、やっほー。みんな」
瑠音さんの挨拶に、ソファに座ったまま、ぎこちない笑顔で答える。
他の三人は後ろ姿しか見えないから、どんな表情をしてるかわからない。
「あーしがここにいるって、よくわかったね?」
「優汰くんとあなたがこの時間になってもシャインズ・ゲートにログインしてこず、しかもお二人に連絡を取ろうとしても連絡がつかない。となれば、必然的にここに沙和がいるのでは。そう考えるのは自然です」
あ、そういえば。沙和さんが来るって連絡を受けた後、スマホを寝室に置きっぱなしだったっけ。
みんなから連絡があったのに出られなかったなんて。ちょっと悪いことをしたかも。
「ごっめーん。優くんと遊んでたら、結構時間経っちゃってー。すっかり連絡わすれてた」
てへへっと舌を出した沙和さんを見て、喜世さんのため息が聞こえてきた。
「っていうかよー。そんなラフな格好してるってことは、お前、やっぱここに一人で泊まる気だったろ?」
「だ、だってー。急につよにぃが好きピと二人っきりになりたいーって言うからさー」
「それなら何故私に連絡をしなかったのかしら? 普段ならそうしていたわよね?」
……え? 普段は瑠音さんに連絡してたの?
瑠音さんの言葉に、沙和さんがちらりとこっちを見る。
僕と目が合った彼女は、瞬間バツの悪そうな顔をした後、再び三人の方を上目遣いに見た。
「まー、普段はそうだけどー。毎回毎回お願いするのって、やっぱ悪いじゃん」
「だからってお前、優汰の家に転がり込むほうが問題じゃねえか」
「そうですよ。いくら一人暮らしの友達とはいえ、あなたと優汰君は異性なのですから」
「そーかもしれないけどー。優くんがあーしに変なことするわけ無いじゃん」
「でも、貴女がそうしないとは限りませんわよね?」
核心を突かれたかのような言葉に、ギクッっとした沙和さんが固まる。
沙和さんが僕に変なこと……。
それを聞いて最初に頭に浮かんだのは、やっぱりお風呂場の一件。
「……沙和。お前、俺達を出し抜く気だったろ?」
「そ、そんなことないってー」
「沙和。しらばっくれるのは止めましょう。」
「そうですわ。どうせ貴女のことだもの。偶然を装い優汰様との触れ合いを楽しもうとしたに違いありませんわ!」
三人が沙和さんを責める言葉がきつくなったような気がする。
出し抜くって意味はわからなかったけど、でも沙和さんはお風呂場で色々話してくれてたよね。彼女なりに考えもあったんじゃ……。
その場で俯く沙和さんが、何かを言おうとしてそれをぐっと我慢する。
だけどそのせいか。三人が彼女を責める言葉は止まらなかった。
「沙和。いくらなんでも泊まるのはやりすぎだろ」
「はい。それでなくても、あなたの行動は無鉄砲すぎます。学校での件もそう。あなたは優汰君のペースも考えずに関係を深めようと接触していますが、彼にも色々悩みもあるのは重々承知でしょう?」
「そうですわ。貴女が逸る気持ちで行動した結果、優汰様が何者かに妬まれたりすれば、それは本末転倒。それが優汰様を傷つけてしまうことも──」
「うるさーい!」
瑠音さんの言葉を遮り、突然立ち上がった沙和さんが絶叫するように叫ぶと、涙目のままキッと瑠音さん達を睨む。
そして、彼女は続けてこう言い放ったんだ。
「みんな、優くんの事、全然考えてない!」




