第11話:突然のお願い
掃除も終えて、お風呂も溜めて。
沙和さんが帰った後にスパゲッティを作ろうと思って、大きめの寸胴にお湯も沸かして準備万端。
時間は大体七時過ぎ。
さっきイズコに七時過ぎには着けるってメッセージもあったから、そろそろ──。
ピンポーン
あ。きた。
僕がインターホンに駆け寄ると、そこには私服姿の沙和さん……かな?
パーカーの下にだぼだぼな大きめのTシャツ。下は短いスカートを履き、ベースボールキャップ被りサングラスもしてる女子の姿。顔が見えないから自信はないけど、多分彼女でいいんだよね?
「はい」
『やっほー! 沙和ちゃんだよー!』
サングラスをずらしてインターホンのカメラを見た沙和さんが、小さく手を振ってくる。
この声とか反応。やっぱり彼女だ。
「ごめんね。すぐ開けるから」
『おっけー!』
僕は朝と同じように玄関まで向かい、ゆっくりと玄関を開けたんだけど。彼女の姿を見た瞬間、僕は強い違和感を覚えた。
なんだろ? インターホンでは見えてなかったけど、足元にベージュ色の大きめのボストンバッグがある。
お弁当の器を受け取るのに、ここまで大きなバッグは要らないと思うんだけど……。
「えへへっ。優くんもこれ、気になっちゃう?」
僕の目がバッグにいったのに気づいたんだろう。
沙和さんの声に顔を上げると、サングラスを彼女が苦笑いを浮かべている。
「う、うん。これ、どうしたの?」
僕が戸惑いながらそう問いかけると、彼女はパンッと柏手を打つ勢いで両手を合わせると、ぎゅっと目を閉じこんなお願いをしてきた。
「優くんお願い! 今日家に泊めてくんない?」
「え? 僕の家に!?」
あまりに突然のお願いに困惑していると、片目だけ開けて彼女がちらっとこっちを困ったような顔で見てくる。
お願いはわかるけど、まずは理由を聞くのが先かな。
「えっと、何があったの?」
そう尋ねてみると、沙和さんが両手を胸の前で組みながら、もじもじしつつ上目遣いになる。
「えっと、そのー。実はー、今日うちの家、親がいないんだけどー。つよにぃが急に、好きピを家に連れてくるって言ってさー」
「えっと、つよにぃはお兄さん? あと、好きピって?」
聞き覚えのない言葉に首を傾げると、彼女がぽんっと手を叩く。
「あ、ごめーん。えっと、つよにぃはそうでー、つよにぃの好きピは彼女だよ」
「そうなんだ。で、彼女さんが来るのはわかったけど、それだと家にいられないの?」
「そ、そりゃーそうっしょ」
あれ? 僕の質問に彼女が口を尖らせながら顔を赤くしたけど、そんな風になる理由あるのかな?
「なんで?」
「え、ええっと……」
沙和さんが目を泳がせながら、ちらちらとこっちの様子を窺う。
その仕草は凄く恥ずかしそうで、答えを口にするのを躊躇してる節がある。
なんだろう? そこまで言いにくいことなのかな?
「だって、その……つよにぃ達のえっちな声とか、聞いたら気まずいっしょ……」
「……え?」
え、えっちな声!?
沙和さんのお兄さんと彼女さんって、家でそんなことしちゃうの!?
急に飛び込んできた言葉に、顔が一気に真っ赤になる。
僕には兄弟もいないし、今こうやって一人暮らしだからそういった経験をすることはない。
でも、例えば夜、隣の部屋から夜そんな声が聞こえて、翌朝何食わぬ顔で兄弟一緒に食事するなんてなったら、それはそれで微妙な空気になるのは間違いないと思う。
「た、確かに。それはちょっと、気まずいかもね……」
「でしょでしょー? しかもー、知ったのは家に帰ってからでさー。喜世達に相談しようかも迷ったけどー、みんなは家族とかいるじゃん? 流石に急にお願いはしにくくってさー」
困り顔のまま、肩を竦める沙和さん。
言われてみれば、そうそう一人暮らしなんてしている同級生なんていないだろうし、迷惑をかけちゃうって考えるのも仕方ないかな。
「だからー、優くんお願い! この通り!」
沙和さんがまたも両手を合わせ、必死に頭を下げてくる。
僕と二人っきりか……。
確かに友達になったけど、話す話題に事欠かないってほどの関係じゃないし、何なら僕から出せる話題なんて限られてる。
それで気まずくならないかって心配もあるし、男子とひとつ屋根の下なんていうのも沙和さんが気が気じゃないんじゃって気持ちもある。
だけど、ここで冷たく断って、彼女が行き場に困るのも可哀想だよね。
僕の家だったらそれぞれ別の部屋で寝るのも難しくないし、沙和さんが構わないっていうなら……。
「えっと。じゃあ、上がる?」
「え? いいの!?」
「うん。沙和さんが嫌じゃないなら」
「やったー! 優くんありがとー!」
……え? え!?
突然笑顔になった沙和さんは、勢いよく僕に抱きついてきた。
背中に回された腕でぎゅっとされて、それに合わせて僕の上半身に柔らかな胸が押しつけられる。
以前、制服姿で腕に絡んできた時より、もっと柔らく感じるその感触。
多分僕も薄手のパジャマだし、彼女のTシャツもそこまで厚くないからかも……って、何を考えてるの!?
冷静に考えて、この感触は刺激が強過ぎるし、変なこと考えてキモがられたら、それはそれでショック。
「さ、沙和さん! と、とりあえず中に入ろう? こ、ここで話してるのも、流石に近所迷惑だし」
あたふたしながら僕がそう言うと、僕から少し離れた沙和さんが少し恥ずかしそうに上目遣いに僕を見てくる。
「そ、そーだねー。じゃ、お邪魔していい?」
「う、うん。あ、荷物もらえる? 部屋に入れておくから」
「ありがとー。優くんってやっさしー」
彼女が嬉しそうな笑顔を見せてくれるけど、その顔はいまだに赤く染まってる。
それがどこか普段の沙和さんと違うような気がして、僕は未だドキドキしている気持ちをごまかすように、荷物を預かるとそそくさと玄関を離れ、来客用の部屋の電気を点けるとバッグを部屋の奥に運び入れた。
「おっじゃまっしまーっす!」
背後から沙和さんが元気に挨拶をする声と、玄関を閉める音が聞こえる。
荷物を置いて一度大きく深呼吸した僕が振り返ると、彼女は廊下からこっちを見ている。
「沙和さんって、夕食は済ませてる?」
「ぜんぜーん。急な話だったから、荷物まとめるのにバタバタしちゃってさー」
「そっか。僕もまだなんだけど、スパゲッティとかでもいい?」
そんな提案をしながら部屋の入口まで戻ると、沙和さんが口に手を当て驚いた顔をした。
「え? 優くんの手作り?」
「うん。といっても、麺を茹でて、ささっとソース作るだけだけどね」
「全然おっけー! あーしも作るの手伝えそうだしー、それでいこ?」
両手をぎゅっと握り、俄然やる気を見せる沙和さん。
だけど、流石にお客さんに夕食の手伝いをさせるのは、僕もちょっと気が引ける。
「うん。でも、沙和さんは休んでくれててもいいよ?」
「え? 何で?」
廊下を出てキッチンに歩き出した僕の後ろで、彼女が疑問の声をあげる。
「だって、荷物の準備も、ここまで持ってくるのも大変だったでしょ?」
「まー、大変は大変だったけどー。優くんの顔見たら元気でたしー、押しかけた
のはあーしじゃん? だからー、ちゃーんとあーしもお手伝いするかんね!」
肩越しに後ろを見ると、沙和さんが笑顔を向けてくる。
流石にここまで言われたら断れないかな。だったら素直にお願いした
ほうがいいよね。
キッチンに入った僕は、振り返って付いてきていた彼女に向き直る。
「そっか。じゃあ、お言葉に甘えて手伝ってもらうよ」
「うん!」
眩しいくらいの笑顔を振りまく沙和さん。
友達にこんな笑顔を向けてもらえる事を嬉しく思いながら、僕は彼女と一緒に
夕食の準備を始めたんだ。




