第9話:予想外
お昼時。
僕は沙和さんの作ってくれたお弁当の包みを手に食事スペースに足を運ぶと、周囲を見回しながら空き席を探し出したんだけど、ふとそこでちょっとした違和感を覚えた。
あれ? なんか僕、見られてるような……。
そう。なんとなく食事スペースに入った辺りから、男子生徒にちらちらと見られている気がしたんだ。
過去の苦い経験から、その目が僕を避けるためだったり、僕を嫌悪してチラ見されたわけじゃなさそうなのはわかるんだけど、一体どうしたんだろう?
自分の中でそうじゃないとわかってても、普段こういうことがあまりなかったから少し不安を覚える。
うーん……ま、いっか。
今は一旦気にしないでおこう。
さて。空き席はっと……今日は横並びの席は空いてなさそうかな。
となると、四人席で相席するしか──。
「おお! 有内殿! ここが空いているでござるよ?」
──あ。あの鉢巻と丸眼鏡。只野先輩じゃないか。
食事スペースの入口から随分離れた四人席のひとつに座っていた先輩。その向かいには茶色のセミロングの髪の女子生徒。
えっと、確かあの子は彩瀬さん──千麻さんがは岩良さんって呼んでたっけ。多分そっちが名字かな。
ニコニコとした只野先輩に対し、岩良さんはどこかふてくされた顔。あの目はなんとなく、僕が来るのをあまり好ましく思ってないように見える。
確かに二人の脇は空いてるんだけど。あの岩良さんの表情……僕が相席してもいいのかな?
でも、先輩に誘われて無視するのも、あんまり心象がよくないかも……。
うーん……。こういう時は、素直に聞いてみよう。
「こんにちは。只野先輩」
僕は一旦二人の座る席まで行くとぺこりと頭を下げ、そのまま本題に入った。
「えっと、ご一緒してもいいんですか?」
「勿論でござるよ。な? 彩瀬?」
「はいはい。好きにすればいいんじゃないですかー」
明らかな棒読み口調の岩良さんは、未だご機嫌斜めのままお弁当箱からだし巻き卵を箸でつまみ口に入れる。
彼女の反応を見ていた只野先輩は。
「だそうでござるよ。ささ。同志よ。そこに掛けるでござる」
と、僕に岩良さんの隣に座るように促した。
正直、あまり空気はよくないけど、嫌々でもOKを出してくれたんだ。もう断れないよね。
「じゃ、じゃあ、失礼します」
僕はおずおずと促された椅子に座ったんだけど、その直後。
「なあ? ここ、相席いいか?」
そう尋ねてきた男子生徒がいた。只野先輩がきょとんとしているし、知り合いってわけじゃなさそうだけど……なんて思っていると。
「ちょ、ちょっと待てよ。そこは俺が狙ってたんだぞ」
と、別の男子生徒が口を挟んでくる。だけど、それだけじゃ終わらない。
「いやいや。僕が先に待ってましたよ」
「嘘つけよ! 俺が先だったろ!?」
さらに二、三人の男子が僕達の席を囲み言い争い始める。
なんでこの席ひとつにこんなに固執して……あ、もしかしてこれ、僕のせいかも?
僕の側に座ればTOP4が話しかけてくるかも。そう思ってるんじゃないかな?
さっきこっちを見ていた視線も、多分それが理由だとすれば納得もいく。
只野先輩はまだ原因に気づいていないのか。ただただ困った顔をしてる。
岩良さんは……。彼女の顔色を窺ってみると、俯いたままプルプル身を震わせてる。
……これ、絶対に気分を害してる。
さすがにこんなんじゃ、二人とも落ち着いてお昼も食べられなさそうだし。ここは僕が別の場所に──。
「静かにしてください!」
僕が席を立とうとした瞬間、先に立ち上がったのは岩良さんだった。
「そんなにTOP4とお近づきになりたいなら、この人の側で偶然なんか装わないで、さっさと自分で声掛けに行けばいいじゃないですか! そんなことすらできないんじゃ、長月先輩達に好きになってもらうどころか、気に掛けてすらもらえないですよ!」
堪忍袋の尾が切れた。
そう言ってもいいキツイ言葉が食事スペースに響き渡り、周囲が一気に静かになる。
言い争っていた男子達も固まり唖然とする中。
「まったく。いくじなしばっかりなんだから!」
不満の言葉を隠そうともせず、彼女はそのままどすんと椅子に座り直すと、むくれたままお弁当をまた食べ始める。
暫くの沈黙の後。
「え、えっと。悪い。別の場所を探すわ」
「お、俺も。じゃあな」
「ぼ、僕も。失礼します」
言い争いをしていた男子達がすごすごとその場を去っていき、再び食事スペースが普段の賑やかさを取り戻していく。
この間の図書室でもそうだったけど、岩良さんって結構怖いんだな……。
でも、お陰で落ち着いてお昼を食べられそうかも。
「岩良さん。ありがとう」
「気にしなくていいですよ。どうせ只野先輩も長月先輩目当てで呼んだだけですもん。ねー?」
僕が笑顔で頭を下げると、ちらりと横目でこっちを見た彼女はそのまま只野先輩にジト目を向ける。
「そ、そんなことはないでござるよ。拙者はただ、同志と語らおうと思っただけでござる」
「どうだか。えっと、有内さんでしったけ? もし落ち着いてご飯食べたいなら、別の席のほうがいいかもしれないですよ」
澄まし顔でそんな提案をしてくる岩良さん。
なんか彼女って、相手が先輩なのに会話が親しげだよね。もしかして知り合いなのかな? だとしたら。
「えっと、お邪魔だったら別の席に行くけど。岩良さんは大丈夫?」
敢えてそう尋ねてみると、僕を少しの間見つめてきた彼女は。
「まあ、私はいいですけど」
そう言って再びお弁当を食べ始めた。
「ありがとう」
とりあえず許可がもらえたならいいかな。
とはいえ、あんまり長居するのも悪いし、早めに食べて席を離れよう。
僕は手に持っていたお弁当の包みをゆっくりと解いていくと……。
「な、なんでござるか!? その大きさは……」
「ほんと。ソフトボールくらいありません?」
「そ、そうだね」
様子を窺っていた只野先輩と岩良さんが目を丸くした。
でも、僕も正直驚いた。
姿を現したのは、彼女がソフトボールと例えたのが適切なくらいに大きな、ラップに包まれたおにぎり。
隣に並んでいたスープジャーと大きさでいい勝負をしているなんて、今まで僕も経験はない。。
海苔は巻きつけるように大胆に巻かれてるけど、合間に見えるご飯には、多分カリカリ梅を切った物が混ぜ込まれてるように見える。
ちなみにスープジャーの中身はっと……。
蓋を開け出てきたのは、わかめ、豆腐、ネギの入った赤だしの味噌汁。
ある意味ご飯に合いそうだし、組み合わせは良さそうだ。
「っていうかこれ、有内さんが作ったんですか?」
「え? あ、ううん。近所に住んでいるおばあちゃんがご厚意で作ってくれてるんだ」
「あー。だったらこの組み合わせもわかるかも」
岩良さんが妙に納得してるけど、確かに年配の人が作りそうな印象のある組み合わせかも。
でも、寝坊した後にこれを作るのだって結構大変だろうし。沙和さんも頑張ってくれたんだな。
とりあえずラップをある程度剥いて、半分以上中身が素で見えるようにしてから、僕はスマホのカメラで今日のお弁当を撮影した。
「それじゃ、いただきます」
手を合わせ挨拶をした僕は、おにぎりを一口食べてみる。
……うん。あっさりめの塩気と梅の味が丁度いい。
普通の梅だと塩気がより強くなるけど、これはカリカリ梅を細かく切って入れているし、本当に食べやすい。
お味噌汁は……うん。流石に赤味噌だから濃いめだけど、おにぎりと一緒に飲むと丁度いいバランスかも。
これはこれで満足度が高くて好みかも。
僕が満足げにご飯を食べ進めていると、只野先輩が焼きそばパンを食べながら話しかけてきた。




