第8話:沙和の優しさ
「おっはよー!」
「おはよう。沙和さん」
翌朝。
昨日同様の快晴の中、玄関を開けると今日のお弁当担当を務める沙和さんが、片手を上げ元気に挨拶してきた。
もう一方の手は後ろに隠されてるけど、そっちにお弁当を持ってるんだと思う。
でも、やっぱり沙和さんの服装って、他の女子と同じ制服のはずなのに、ちょっと刺激的だよね。
手や足、胸元なんかから見える褐色の肌を隠そうともしない着こなしは、やっぱりどこかギャルっぽさがある。
でも、あんまりそういう所見てると幻滅されそうだし、ちゃんと顔を見て話をしないと。
僕が気を引き締め直し沙和さんを見ると、彼女はにんまりと笑う。
「ね? 優くんってー、あーしのお弁当ちょー期待してる?」
「えっと、プレッシャーになったらいけないかなって思うけど、期待はしてるよ」
「えへへっ。そっかー」
彼女は笑顔といえば笑顔なんだけど、僕の言葉を聞いてしまったなぁと言わんばかりに、ちょっと困った顔をした。
実は、前にみんながうちに来て手料理を振る舞ってくれた時、沙和さんはお菓子作りは得意だけど、あまり料理が得意じゃないって言ってたんだよね。
多分その表れなんだと思う。
「じゃーあー、あーしの愛の籠もったお弁当、とくとご覧あれー! 」
気を取り直し笑顔に戻った彼女が、後ろからじゃんっと取り出したのは……あれ?
僕は青と白のチェック柄の包みが見せるちょっと変わったシルエットに、ちょっと不思議な気持ちになった。
えっと、お弁当箱っていうより、ちょっと大きな何かが横に並んで入ってる感じに見える。これって多分……。
「もしかして、おにぎり?」
「ぴんぽーん! 正解でーっす!」
へー。そういえば、おにぎりってコンビニなんかじゃよく見るけど、うちでもあまり出てきたことなかったっけ。感じからすると、並んで二つはいってるのかな?
僕がじっと包みを見ていると、沙和さんが耳にかかる金髪のもみあげをくるくるいじりながら苦笑いを見せた。
「ごめんねー。ほんとはみんなみたいに凝ったお弁当作れたらよかったんだけどー。今日ちょっち寝坊しちゃってさー。だからー、おにぎりとお味噌汁だけなんだよねー」
あー。この二つ入っている感じ、もうひとつはスープジャーなのか。
どうりで……って、つまりこのおにぎり、結構大きいってことかな?
まあいいや。お昼になったらわかるし。
「ううん。わざわざ早起きして作ってくれてありがとう」
前に朝が苦手って言ってたし、きっと起きて作るのが大変だったもんね。
僕が包みを受け取りながら笑顔でねぎらいの言葉を掛けると、褒められたのが意外だったのか。彼女が気恥ずかしそうに笑う。
「いいっていいってー。優くんのためだもん。たとえ木の中密の中!」
……えっと、これって火の中水の中、かな?
あまりに堂々と口にしたから、僕が間違ってないか不安になるけど、ここでツッコミを入れるのもなんか悪いし、気付かないふりしておこう。
「あ! それでー、スープジャーとか受け取る話なんだけどー。優くん家に取りに来てもいーい?」
「え? うん。大丈夫だけど」
「おっけー。でさー。ちょーっと受け取りに来る時間遅めになるかもなんだけどー。それでもいーい?」
「遅め? どのくらい?」
「うーん。用事次第なんだけどー、多分七時とか?」
沙和さんが顎に人差し指を当て、首を傾げながら煮えきらない答えを返してくる。
まあでも、七時くらいだったら大丈夫かな。
一応明日の準備のために早めに帰ってきて掃除したりしようって思ってたくらいだし、それ以外に用事もないし。
ただ……。
「確か沙和さんの家って西臨海町だったよね? 夜のひとり歩きって危なくない?」
僕が心配したのはそっちだ。
このマンションは南葛橋にあるんだけど、場所としては区内でもかなり東。沙和さんの住んでる西臨海町は千麻さんの家のほうになるんだけど、あっちまで歩くと二十分位かかっちゃう気がする。
時間的に人が少なくなってくる時間なのもあるし、ちょっとどうかなって思っちゃったんだ。
僕の言葉を聞いて、ぽっと顔を赤らめた彼女は両手を後ろに回すと、少し体を前に倒して上目遣いにこっちを見ると。
「もう……。優くんってば、優しすぎじゃん」
普段あまり聞かないちょっとしおらしい声で囁いた。
……沙和さんって、こんな顔するんだ。
普段のギャルっぽくない反応に僕はちょっとドキッとしたけれど、それを気取られないようなんとか会話を続ける。
「そ、そんなことないよ。むしろ沙和さんのほうこそ、頑張ってお弁当を作ってくれたりして優しいよね」
「え? そ、そんなことないってー。友達が困ってるならー、助けるのなんて普通だしー」
僕なりに本音を込めた褒め言葉。
そう言われたのが嬉しかったのかな。彼女はにしししっと恥ずかしそうに笑う。
「ち、ちなみにー、別に夜出歩くのは慣れてるからさー。全然心配いらないかんね!」
「本当に?」
「うん。心配してくれて、ありがとっ。優くーん」
ちゅっ。
沙和さんが片手を唇に重ねた後、ウィンクしながら投げキッスをする。
こういうのも絵になるのは、やっぱり積極的な彼女だからかな?
まあ、された側としてはちょっと気恥ずかしくはなるけど。
「あ、あとあと。また昨日みたいに学校で声をかけるかもだけどー、よかったらその時は反応してね。優くんもあーし達と友だちになったんだからー、学校でも一緒に話したりしたいし。勿論、誰かに妬まれるようなことがあったら、ちゃーんと話すこと。そこはあーし達もしっかり庇うからさー」
沙和さんからのそんな提案の裏にはきっと、彼女が僕の過去を聞いて気遣ってくれてるんだろうなっていう優しさをひしひしと感じる。
ほんと。僕は恵まれてるよね。沙和さん達にこれだけ気にしてもらえるんだから。
「……うん。ありがとう。沙和さん」
「……えへへっ。こっちこそ。それじゃ、また学校でね!」
「うん。またね」
僕が微笑むと、釣られるようにはにかんだ彼女はその場で小さく手を振ると、小走りに廊下を走っていった。
ほんと。彼女の積極性がなかったら、きっと学校で話すなんてきっとできなかったもんね。
TOP4のみんなには勿論感謝だけど、こうやって頑張ってくれてる沙和さんにも感謝しないと。
さて。今日を乗り切ればまた休みだし、頑張っていこう。
玄関のドアを閉めた僕は、ゆっくりとリビングに戻ると、気合を入れて出かける準備を始めたんだ。




