第7話:ふさわしくない会話
『へー。きよっちがバレー部の助っ人かぁ』
『そういうのをすぐ引き受ける辺り、相変わらずお人好しね』
『そこが喜世の良い所でもありますけどね』
神聖都市ゼクセイドの東側に位置する冒険者ギルド。
クエストカウンター兼酒場になっている賑やかなギルドの奥の円卓に座った僕と沙和さん、瑠音さん、千麻さんは、喜世さんのことについて話していた。
ちなみに喜世さんは今、シャインズ・ゲートにログインしてはいない。
さっき公園前で別れる時、残り二週間はバレー部の助っ人として色々やれることをしたいから、僕からみんなにテスト終わりまでログインしないって伝えてほしいって頼まれたんだ。
『でもー、試合の日って丁度中間テスト直前じゃん。そっちは大丈夫なのかなー?』
「僕もそれは気になったけど、だからって助っ人として部活に参加する以上、テスト勉強を一緒にするのは難しいんじゃないかな?」
『でしょうね。しかも、普段からお母さんの代わりに弟さん達の面倒も見ていますから。時間を割くのも中々大変だと思いますよ』
『確かにそうね。まあ、今回ばかりは仕方ないんじゃないかしら』
みんなが神妙な顔をしてるけど、確かにテスト勉強に部活、そして家庭環境まで考えると、流石にすべての両立は厳しそうに感じる。
「何か協力できないかな?」
僕が顎に手を当て頭を捻っていると、千麻さんが小さく笑う。
『気持ちはわかりますが、部活のことに私達が口を挟むこともできませんし。家庭のお話ともなれば尚更。ここは任せるしかありませんね』
『そうね。私達とのテスト勉強の時間を無理矢理捻出させては、流石のあの子も疲れ切ってしまいそうだもの』
『まーねー。弟くん達の朝の準備を手伝うにしたって、きよっちの家に気を遣わせちゃうもんねー。仕方ないかもねー』
「そっか。そうだよね……」
あくまで喜世さんの問題とはいえ、少しでも何か手助けできたらいいんだけど。やっぱりそんなに甘くないのかな……。
『そういえばー、優くんってファンフォレの頃も、テスト前はログインしなかった感じ?』
沙和さんが座ったままグラスでワインを飲むエモートをしながら、そんな事を聞いてくる。
もしかして、僕の顔に気持ちが出ちゃってたかな? ちょっと気をつけないと。
「うん。この時期くらいから、テスト勉強の息抜きでたまに少しだけログインしてたけど、ほとんど入らなかったかな」
『そうだったのね。私達のテスト時期にアユのログイン履歴も間が空くようになったから、学生だろうとは思っていたけれど』
「え? そんなところで僕の素性を推測してたの?」
『そうね。案外そういった物からも、色々と見えてくるものよ。ね? 千麻』
『そうですね。ログインが何時間前か。過去のログインから逆算していくと、お仕事なり学業をしている方なのか。生活の規則性はどうなのか。そういったことも見えてきますから』
そう言って瑠音さんも千麻さんは互いの顔を見ると、にこりと微笑み合う。
へぇ。二人とも凄いなぁ。
僕なんて、当時のみんなのログイン履歴を見ても、今日はログインしてないんだなあってくらいしか思ってなかったっけ。
『ちなみにー、優くんは今回もログイン控えちゃうの?』
「そうだね。明後日くらいから本腰を入れてテスト勉強しようかなって思ってたし」
『うっそー!? 週末みんなで遊べるーって楽しみにしてたのにー』
沙和さんの心底残念そうな顔を見ると、ちょっと申し訳ない気持ちになる。
でも、両親に無理言って東京の学校に通わせてもらってるんだし、成績が悪くなったら申し訳ないもんね。
『流石は優汰様。良い心がけね』
『そうですね。それに比べて……』
『べ、べっつにー? あーしだってやる時はやるしー? ただー、今週末くらいは遊んでもいいじゃーんって思っただけだしー?』
千麻さんと瑠音さんが沙和さんに呆れ顔を向けると、彼女は口笛を吹くエモートで何かをごまかす。
……ふふっ。なんか面白いな。
『あーっ! 優くんまでそんな顔してー。ひっどいなーもうっ』
あ。しまった。沙和さんの機嫌を損ねちゃったかも。
僕が笑ったのは、別に彼女がテスト勉強を渋ってるからじゃない。
「ごめんごめん。でも、別に沙和さんの事を笑ったんじゃないよ」
『あら? では何故なのかしら?』
「いや、ほんとくだらないことなんだけど。こんな格好でテスト勉強の話をしてるのが、ちょっとツボに入っちゃって」
だって、今の僕達はいかにもファンタジーな格好だ。
盗賊姿のダークエルフの沙和さんも、騎士っぽい瑠音さんや魔術師っぽい千麻さんも。
それなのに、話している会話は学校のこと。今までの関係なら、まずこんな話をゲーム内でしなかったわけで。その違和感が面白かったんだ。
ただ、急に笑われたら、やっぱり嫌な気分に──あれ?
ふと三人を見ると、彼女達は各々に顔を赤くしながら僕から顔を背けている。
みんな口に手を当てるエモートをして。
「ど、どうしたの?」
僕の問いかけに、三人が横目にこっちを見る。
『い、いやー。やっぱそのー、優くんの笑顔ってー、破壊力があるなーって』
「は、破壊力?」
『そ、そうね。貴方様の笑顔は素敵すぎなのよ』
「素敵すぎ……」
『は、はい。その笑顔でその、私達は幸せな気持ちになったり、元気をいただけますからね』
僕を見て元気を貰える、か……。
そういえば、喜世さんはどう思うんだろう?
みんなと同じ感想なのかな?
『そうだ!』
僕が喜世さんのことを考えていると、それを吹き飛ばすかように突然沙和さんが立ち上がった。
『ね? ね? 優くんってー、今度の土日は空いてる?』
「え? あ、うん。でも、日曜はちょっと家の掃除とかしたいかも」
『そっかー。じゃーあー、土曜日に優くん家で勉強会しよ? 優くん見ながら勉強できたらー、あーしもやる気出ちゃうし! どう? どう?』
彼女がにこにこしながら瑠音さんと千麻さんを見ると、二人は一度顔を見合わせる。
『ま、まあ、私は別に構いませんけれど』
『わ、私も構いませんけど、喜世は流石に参加できませんよね?』
『だねー。もち、隠れて三人でーなんて喜世が可愛そうだから、あーしがちゃーんと話しとくね。その代わり、テスト終わったらみんなで埋め合わせしよ? バレー部の祝勝会も兼ねてさー』
祝勝会か……何をしてあげたらいいかはわからないけど、確かにそれはいい考えかも。
『優くんはおっけー?』
「うん。構わないよ」
『いえーい! じゃーあー、土曜日はみんなで楽しもー!』
沙和さんが立ったまま嬉しそうに片手を上げてるけど、今のって……。
『沙和。勉強会は楽しむものじゃありませんよ』
……だよね。
勉強をする喜び方じゃないのを見て、千麻さんがそんな苦言を呈すると、ふと瑠音さんが目を細め、意味深な笑みで沙和さんを見た。
『ま、折角やる気もあるようだし、私と千麻で貴女の面倒を見て差し上げますわ』
瑠音さんが『私と千麻で』って部分を妙に強調したんだけど、それを聞いて沙和さんがげっという顔をする。
『あ、あー。折角だしー、あーしは優くんにも教えてほしいなー、なんて……』
苦笑いしながら、胸の前で指をツンツンとする沙和さん。
だけど、千麻さん達はにこにことしながらこう返す。
『優汰君だって勉強中は集中したいでしょうし。普段からあなたに教え慣れている私達のほうが適任ではないでしょうか? ねえ? 瑠音』
『そうね。貴女はいつもすぐ音を上げているもの。それでは優汰様に迷惑がかかるもの』
『ちゃ、ちゃんと勉強する! するからー! だから優くんからも教えてもらえるようにしてー! ほんとお願い! この通り!』
それを聞いた瞬間。沙和さんは二人に必死に頭を下げる。
あまりの必死さ。そんなに僕に教わりたいのかな? 誰かに勉強を教えた経験なんてほとんどないし、教え方に自信もないんだよね。
でも、だからって沙和さんにだけ勉強を教えないっていうのも可哀想かな。
「瑠音さん。千麻さん。僕は大丈夫だから、みんなで一緒に教え合おう?」
僕が少し真面目な顔でそう提案すると、二人はこっちに微笑んでくる。
『大丈夫ですよ。冗談ですから』
『ええ。ま、沙和が勉強をサボるようだったら、流石に本気で行動するけれど。ね? 沙和』
『も、もち! ちゃんと勉強します! させていただきまーす!』
相変わらずどこか意味ありげな空気を出す千麻さん達と、必死に取り繕う沙和さん。
「そ、そっか。だったらいいけど」
冗談とも本気とも取れる二人の反応が読めない僕は、ちょっと困りながらも笑ってごまかしたんだ。




