第5話:夜の待ち合わせ
夜も七時半前。
僕は制服姿のまま細い道の側にある公園の入口に立ち、ぼんやりとスマホの画面を眺めていた。
そこには、三十分くらい前に喜世さんとやり取りした、イズコのメッセージ画面が映っている。
『遅くなっちまって悪い! この後七時半くらいに弁当箱を取りに行こうって思うんだけど、それでもいいか?』
そこから始まったメッセージのやり取りは、こんな感じで進んでいる。
『喜世さんってバスで帰るんだっけ?』
『ああ。終点のなぎさネオタウン前で降りるけど』
『それじゃ、なぎさ公園集合でもいいかな?』
僕が提案したなぎさ公園っていうのは、なぎさネオタウンっていう集合団地の北側にある江戸川区の管理する公園のこと。
彼女の住むなぎさネオタウンにある『なぎさネオタウン前』のバス停から歩いてすぐにある。
『お前の家で構わねえって。わざわざ来てもらうの大変だろ?』
『大丈夫だよ。喜世さんだって今バレー部の手伝いが終わって帰りなんでしょ? だったら家に近いほうが帰るの楽だろうし』
『は? お前、なんでそれ知ってるんだよ!?』
『それも後で話すよ』
この後のメッセージが返ってくるまで、少し掛かったっけ。
流石に喜世さんも少し驚いたかな?
勝手にそんな事を想像し、僕はスマホの画面を見ながら少し微笑んでしまう。
『わかった。後で話を聞かせろよな』
『うん。じゃあ、気をつけて帰ってきてね』
『ああ』
最後はこんな感じで締められた会話。
そして、そろそろバスが終点に到着する頃だ。
『どの辺にいるんだ?』
そこに追加されたメッセージ。
『バス停北の道にある入口にいるよ』
『わかった』
簡素なやり取りを済ませて少し。遠くに見える小さなバスロータリーに、フロントライトの明かりを点けた一台のバスが入ってきた。
バス停にバスが止まると、中央の扉が開き乗客が次々に下りてくる。
続いて現れた制服姿の喜世さんが、こっちの方を見ると僕に気づいたのか。一気に駆け出すと、近くの横断歩道を超えて僕の方にやってきた。
「よお。悪い。待たせちまって」
「いいよ。僕が勝手に提案したんだし」
申し訳無さそうに頭を下げる彼女に、僕は首を横に振った。
バス停からここまでそれほど距離がないとはいえ、走って来て呼吸一つ乱さない彼女はやっぱり凄いって思う。
「はい。これ。一応綺麗に洗ったつもりだけど、気になるようだったら家で洗って」
「わざわざそこまでしたのかよ?」
「うん。時間もあったから」
僕が背負っていたリュックから取り出したお弁当箱の包みを渡すと、バツが悪そうな顔でそれを受け取った喜世さんが、背中に背負っていたリュックを下ろして中に仕舞う。
さて。喜世さんが家に帰るのが遅くなってもいけないよね。バレー部の話は後で通話なりですればいいかな。
「お弁当、本当にありがとう。喜世さんが遅くなるといけないし、バレー部の話は後で──」
「ま、待てよ!」
え?
笑顔で立ち去ろうとした瞬間、喜世さんがばっと僕の肩を掴んだ。
思ったより力が入ってるのを感じて思わず彼女を見ると、はっとした喜世さんが慌てて手を離し顔を逸らす。
「あ、わ、悪い」
「あ、うん。大丈夫だけど。えっと、今の方がよかった?」
「そ、そりゃ、こっちだって気になってるんだ。だからよ。も、もう少し、一緒にいねえか?」
チラチラと横目でこっちの様子を伺ってくる喜世さん。
「でも、家の人が心配しない?」
「だ、大丈夫だって。お袋には、ちゃんと少し遅くなるって連絡してあるしよ」
そっか。お母さんに連絡してあるっていうなら大丈夫かな。
「わかったよ。じゃあ、少し公園でも歩く?」
「ああ。じゃ、行こうぜ」
僕の言葉に、彼女が嬉しそうににかっと笑う。
なんか喜世さんって、頼りになるのは間違いないけど、こういう時少し子供っぽさも感じるよね。
そんな事を思いながら、僕は彼女と並んで公園内の歩道を歩き出した。
「な? 富士公園の丘の上にでも行かねえか? この時間ならそんなに人もいねえしよ」
「うん。そうしよう」
なぎさ公園に入ってすぐ。僕達は喜世さんの提案に従い、歩道を東にある道の上に掛かる橋を目指すことにした。
橋を渡れば富士公園。そこにはこの辺でもひときわ高い丘が園内に存在する。
あそこからの見晴らしは個人的にも好きだから、ちょっと楽しみだ。
「それで、聞きたいことって?」
「幾つかあるっちゃあるけど、まずは弁当の話をさせてくれ」
「うん。ちなみに味は昼間話した通り、本当に美味しかったよ」
「本当か?」
「うん」
僕がそう言うと、外灯に照らされた喜世さんがすごく安心した顔を見せたけど、すぐにそれは引っ込んだ。
「ただよ。優汰も気づいてると思うけど、あれはお前用の弁当じゃなかったんだよ」
「あ、やっぱり。どうりで包みが子供向けだなって思ったんだ」
「だよなぁ。周りに変な目で見られたりしなかったか?」
「多分。お弁当が美味しかったから、あんまり気にしてなかったのもあるけど。心配しなくても大丈夫だよ」
「そうか。ま、次はきちっとお前向けの弁当を作るからよ。来週は楽しみにしてくれよ」
「うん。わかった」
僕向けに作ったお弁当って、どんな感じになるんだろう?
間違いなく期待はできると思うし、やっぱり楽しみだな。
そのまま僕達は橋を渡ると、灯りに照らされている丘の方に向かう階段を登り始めた。
「で、それよりもだ。お前はなんでバレー部の話を知ってるんだよ? 別に放課後体育館に来たりしてねえよな?」
「うん」
多分喜世さんがバレー部の手伝いで体育館に行けば、間違いなく人が集まるとは思ってた。そこで今回の件を知った人もいたんだと思う。
「じゃあどこで知ったんだよ?」
「ごめん。その、職員室に行く途中、保健室での会話を聞いちゃって」
「は? マジかよ!?」
「う、うん」
言ってしまえば盗み聞きなわけで。
それをされた喜世さんが気分を害さないか心配になったけど。
「ま、それだったらしゃーねーな」
彼女は僕の不安を一蹴するかのように苦笑した。
よかった。これなら多分大丈夫そうかな。
「でも、喜世さんって前から色々な部活の助っ人に呼ばれてるよね?」
「まあな。とはいえ、安易な理由じゃ手を貸しはしねえんだけど。今回のは、流石に部員達の気持ちもわかるんだよ」
丘の中腹で途切れた階段。ここからは外灯のない歩道をひたすら丘の上まで歩く。
両手を頭の後ろに回した彼女は、星空を見上げる。
「あまり詳しくないんだけど、衣笠先輩ってバレー部唯一の三年生なの?」
「ああ。去年顧問が変わったんだけど、その前の顧問が酷かったらしくてよ。今はあんなイケメン顧問だから、俺達の学年の女子が結構入ってなんとか危機は乗り切ったけどよ」
「そっか。だったらなおのこと、怪我で試合に出られず終わるってなったら可哀想だよね」
「ああ。インターハイって言えば、バレーの花形だしな」
穏やかな夜風が吹く中、僕達は頂上に辿り着いた。
やっぱり夜なだけあって、丘の芝生にも、頂上にある外灯側のベンチにも人はいない。
地元じゃ見られない夜景。主に住宅街ではあるんだけど、周囲を一望できるこの場所を見た時、僕は自分が都会に来たんだなって思ったのを思い出す。
「でも、喜世さんってやっぱり優しいよね。それでちゃんとお願いを聞いてあげるんだから」
「そ、そっか?」
「うん。そういう所が人気の秘密なんだなって、改めて再認識したよ」
「きゅ、急に褒めるんじゃねえよ。恥ずかしい」
頂上のベンチに並んで座った僕達。
そこでそう素直な感想を伝えたんだけど、それが恥ずかしかったのか。
少しの間、目を泳がせ頬を掻いた喜世さんは。
「ただよ……」
直後、ふっと不安そうな顔を見せた。




