第4話:喜世の優しさ
「それじゃ、有内君! 後はお願いね!」
「うん。イベント、気をつけて行ってきてね」
「ありがと! それじゃあね!」
放課後。
教室掃除を終えた後、鈴木さんは急いで帰り支度を整えると、僕に手を振り足早に教室を後にした。
教室に残されたのは、僕と学級日誌だけ。
授業合間の空き時間にちょこちょこ書いてたから、あとは帰り前のチェックを終わらせちゃおう。
僕は教室の電気を消したり、念の為もう一度黒板を拭き直したりしながら、昼休みの後の事を思い出していた。
◆ ◇ ◆
結局、教室まではほとんどTOP4だけで会話が進み、僕は相槌をうってごまかしてただけ。
だけど、やっぱりそれが注目を集めたんだろう。
教室に戻った後、昼休みの間は僕が男子に囲まれることになった。
昨日の時点で沙和さんと関係性ができた矢先のできごと。
──「お前、TOP4と何があったんだよ!?」
なんてみんなに驚かれたけど、そこは素直によくわからないって答えておいた。
──「これ、有内と一緒にいたら、TOP4と話す機会が増えるんじゃねえか?」
そんな事を言っていた男子もいたけど。
──「それはないんじゃないかな?」
それには首を振っておいた。
──「なんでだよ?」
──「なんか、僕と誰かが話してたら、TOP4も話しかけてこないと思うんだ。ほら。なんか彼女達って気遣いとかすごそうじゃない? 長月さんとか」
──「あー。確かにそうかもな」
実際、沙和さんなんかは気さくに話しかけてきそうではある。
でも、こう言っておかないと、彼女達と話したい一心で僕に絡んでくる男子が出てくるかもしれないし。
同性とはいえ、まだTOP4のみんな以外と話すのは慣れない。
ちょっと疲れてきた頃、やっと昼休みが終わり、僕もクラスメイトから解放されたんだ。
◆ ◇ ◆
よくよく考えれば、学校で自分に票を入れさせるって話は、僕との接点にするには都合はいいと思う。
昨日はそういった話、全然してなかったんだけど、沙和さんが急に思いついて実行したのかな?
でも、急にそんな行動を起こしたら、瑠音さん達が怒りそうな気がするけど、特にそんな事がなかったんだとすると、みんな同意のもと行動した可能性はありそうだよね。
もしかしたら、昨日僕が話した過去に同情して、少しでも早く友達として一緒にいられる環境を作ろうとしたのかな?
だとしたら、後でお礼を言っておかないと。自分じゃどうすればいいかわからなかったし。
……さて、これでOKかな。
教室の窓やカーテンなんかもちゃんと閉めて、学級日誌にチェックを付けてっと。
それじゃ、これを先生に渡してそろそろ帰ろう。
僕はリュックを背負い学級日誌を手にすると、そのまま廊下に出て歩き出した。
職員室は一階に下りた後、食堂と反対。図書室なんかがある棟の一階にある職員室を目指す。
流石に部活も始まってるし、廊下にはほとんど生徒がいない。
個人的に、夕方に廊下の窓から入る優しい陽射しと風が結構好きなんだよね。
窓の外を眺めながら一階の廊下を歩いていると。
「はあっ!? またかよ!?」
どこからか嘆きを含んだ声が聞こえた。
この声、喜世さんだよね? どこにいるんだろう?
きょろきょろと周囲を見守りながら歩いていると、何か会話をしている声が職員室の隣、保健室から聞こえてきた。
開きっぱなしの保健室のドア。何を話してるんだろう?
興味が湧いた自分は、廊下側の壁に貼り付きこっそりと保健室を覗き込んでみる。
そこにいたのは、保健室のベッドの脇に腰を下ろし落ち込む体操着姿の女子生徒と、それを囲む同じ格好の生徒達。
そして、制服姿の喜世さんとバレー部の顧問の先生だった。
ベッドに座っている生徒の右足にはテーピングがされてる。どこか捻っちゃったのかな。
「勝手に選手登録していたのは済まないと思ってる。だが、こういう時の為なんだ」
「そう言ったって。俺を出場枠に入れたら、部活を頑張ってる奴の枠をひとつ奪っちまうだろうが」
強い言葉が示す通り、喜世さんの表情にははっきりと不満が表れてる。
でも、彼女が言っていることは正しいと思う。自分も帰宅部だけど、同じ立場だったら同じことを思うし、それこそ奪われた枠のせいで試合に出られない選手は不満だろうし。
「……確かにそうかもしれない。でも、これは部員みんなに話をして選んだ選択なの」
「は? バレー部全員でか?」
と。ベッドに座り気落ちしていた女子が顔を上げ、真剣な顔で喜世さんを見る。
「登録はインターハイに出るまでの間。勿論、私達はバレー部だから、基本的に荒井さんの手は借りない。でも、こういった不測の事態があった時だけは助けてもらいたい。そうみんなで決めたの」
「嘘じゃないです! 衣笠先輩の話を聞いて、みんなで納得してたんです!」
「本当です! ちゃんと私達は納得してます!」
衣笠先輩の言葉を聞いて、周囲の部員らしき子達も必死に擁護する。
なんとなくあの感じは本音で話してそう。
「なんでそんな話をOKしたんだよ?」
困り顔の喜世さんが、部員たちの方を見ると、部員の一人がこう口にした。
「だって、先輩にインターハイに出てほしいから……」
「は? それだけが理由かよ?」
「それだけって言い方はやめてください!」
喜世さんの言葉に、突然別の部員が泣きそうな顔で叫んだ。
「唯一の三年である衣笠先輩がいなかったら、バレー部だって存続しなかったし、私達が去年東京都の予選でベスト4に入ることもできなかったんです!」
「私達がインターハイに出れるかなんてわからないけど、それでもせめて、先輩には最後まで悔いなく試合をしてほしいんです! でも今の怪我じゃ、五月末の最初の予選に出られない。そこで私達が負けちゃったら、先輩に悔いが残っちゃう。それだけは嫌なんです!」
「だから荒井さん! お願い! 私達に力を貸して!」
「お願いします!」
部員達が各々に思いの丈を口にすると、最後にみんな同時に喜世さんに頭を下げる。
去年も喜世さんは幾つかの部活の助っ人に駆り出されてたって、周囲のクラスメイトが雑談で話してたっけ。
運動神経の良さが際立つ彼女だからこそ、こうやって頼られてるんだよね。
僕は改めて、喜世さんの人望の厚さを感じ取った。
「ごめんなさい。怪我をしたのは自分のせいだけど、五月の予選会を過ぎれば私が出場できるから。だから、今度だけ力を貸してほしいの。お願い」
衣笠先輩が深々と頭を下げると、喜世さんは大きくため息を漏らし、赤髪をガシガシと掻く。
それを見て、何となくこの後の展開が見えた気がした。
だって、相手は僕にすら色々世話を焼いてくれた、あの優しい喜世さんだもん。
「……ったく。わかった。力を貸してやるよ」
「ほんと?」
「先輩。自分からお願いしといて疑うのは流石になしだろ?」
「ご、ごめんなさい」
呆れ笑いを見せた喜世さんに、衣笠先輩が少し恥ずかしそうに俯く。
周囲の生徒達も嬉しそうに互いを見ると、ハイタッチをしたりしてる。
「ただし。バレーは個人競技じゃねえんだ。暫く一緒に練習して息を合わせるけど、手を抜く奴がいたらこの話はなしだかんな。わかったか?」
「はい!」
喜世さんの言葉に、みんなが気を引き締めると、息のあった返事をする。
……ほんと。
こういう面倒見の良さが、喜世さんを人気者にしてるんだよね。
今まで噂話には聞いてたけど、誰かにこうやっている所を見たことがなかったから、改めて友達のそういう一面を知れてちょっと嬉しくなる。
っと。流石にずっと覗いてたらよくないかな。
きっと喜世さんのことだから、今日はこの後みんなと部活に参加するだろうし、その間にできることを色々しておこう。
僕は盛り上がる保健室からこっそりと離れると、静かに職員室に向け廊下を歩いて行ったんだ。




