第1話:新しい朝
──この一年。朝なんて大して変わらないって思ってた。
だけど、今朝はどこか今までより心が軽いように感じる。
空は快晴。それもあるかもしれないけど、誰にも話せなかった気持ちを吐き出せたのは大きいのかもしれない。
僕は制服のまま顔を洗うと、鏡の前で前髪を上げ、自分の目をじっと見る。
泣きまくったつもりはないけど、それでも少し目が赤い。
こんなのを見られたら、きっとみんなに心配をかけちゃうよね。
そのつもりがあったわけじゃないけど、前髪を伸ばしていてよかったと思う。
僕は髪の毛を戻すとそのままリビングに戻ってソファーに腰を下ろし、ぼんやりと昨日のことを思い返す。
……結局、みんなに話しちゃったな。
聞いていたってつまらなかったであろう、僕の情けない過去を。
それでも、みんなはこう言ってくれた。
──『優くん。あーし達、ぜーったい優くんを幸せにするから』
──『そうですわね。貴方様の辛い過去など、私達との想い出で薔薇色に染めてみせますわ』
──『ま、お前も今までと違うプレッシャーはあるだろ。だけど、俺達がお前にとってのTOP4だってなら、俺達だってお前にとってのTOP4でいてやるよ。この先お前に友達ができても、それでも俺達が最高の友達だって言わせてやる』
──『はい。ですから、これからも共に歩みましょう』
あれだけゲームに慣れているみんなが、エモートも使わず、涙声で伝えてくれた言葉。
きっと、それだけ真剣に僕と向き合って、口にしてくれたってことだよね……。
消してあるテレビの画面に反射する、自然と笑顔になってしまった僕の顔。
ゔ……流石にそれは喜びすぎだよね。喜世さんが来た時、変な顔にならないように──。
ピンポーン
──え? ここで!?
あまりにタイミングが良すぎて、僕は思わずビクッとしてしまう。
ど、どうしよう? と、とにかくシャキッとしないと!
ぴしゃりと両手で顔を叩いた僕は、TV画面で緩んだ頬が元に戻ったのを確認すると、足早にインターホンに向かった。
「はい」
『よ、よう。俺だけど。開けてくれるか?』
「う、うん」
あれ? 喜世さんの声がどこかぶっきらぼうに聞こえる。
カメラに映っている彼女もどこか余所余所しく見える。
普段の彼女だったら、もっと親しげに話してきそうだけど……もしかして、昨日のことが恥ずかしかったとか?
だとしたらどうしよう? うーん……。
『お、おい。まだかよ?』
……あっ!
「ご、ごめん! ちょっと待って!」
馬鹿! なんでこんなところで考え込ちゃってるのさ!
慌てた僕はダッシュで玄関まで行くと、玄関のドアを開けた。
「よ、よお。遅かったじゃねえか」
目の前に現れたのは、制服姿の喜世さん。
だけど、顔を赤らめたまま、こっちをちゃんと見ようとはしない。
片手に持っているちょっと小さめの包み。多分お弁当だと思うけど……包みの柄はミニカーかな?
「ご、ごめん。ちょっと寝癖が中々直らなくって」
「そ、そっか。それじゃ仕方ねえよな。急かして悪かったな」
「ううん。気にしなくていいよ。こっちこそ遅くなってごめん」
「お、お前こそ気にすんなって」
会話もちょっとぎこちないけど、一体どうしちゃったんだろう?
でも、そこに触れるのはあんまりよくなさそうだよね。
「お、おい。優汰……これ」
喜世さんは未だ顔を真っ赤にそっぽを向いたまま、ずいっと腕を前に伸ばしお弁当を手渡してくる。
「わざわざありがとう」
僕が両手でお弁当を受け取ると、彼女はちらりとこっちを見ると、すぐに目を逸らし。
「……なよ」
……えっと、小声で何か言ったと思う。
「え?」
無意識にそう疑問の声を返すと、グッと何かを噛み殺したような顔をした彼女が、こっちに顔を向けた。
「いいか? ぜってー笑うんじゃねえぞ!」
え? 笑う?
「えっと、何を?」
「き、決まってんだろ! 弁当だよ!」
弁当で笑う? そんな要素あるのかな?
よくわからないけど。
「うん。わかった」
僕が素直に返事をすると、何か言いたげな喜世さんが、疑いの眼差しでこっちを見てくる。
もしかして、信用されない言い方だったかな?
「本当に、絶対笑わないよ」
念を押すように真剣な顔でそう伝えると、はっとした彼女がまた顔を背け頭を掻く。
「わ、悪い。信じてねえわけじゃねえんだけどよ。ちっと色々あってよ……」
色々って言葉からすると、色々とお茶を濁してるのかも。
どっちにしたってお昼まではお弁当箱を開けることもないし、とりあえず触れないでおこう。
「そっか。ちなみにお弁当箱はどうやって返せばいいかな?」
「ん? ああ、忘れてた。放課後、ここに取りに来てもいいか?」
「うん。わかった。今日は日直で少し帰りが遅くから、家に着いたらイズコで連絡するね」
「頼む。そんじゃ、またな」
「うん。またね」
喜世さんはにこっと笑うとそのまま玄関前から去っていく。
放課後か。帰ってきてすぐやれば、お弁当箱を洗って返せるかな?
日直もそんなに──あ! そうだ! 日直だった!
少し早めに学校に行って、日誌を受け取ったりしないと!
僕は慌てて部屋の中に戻ると、急いでお弁当をリュックに仕舞い出かける準備を済ませると、足早に家を後にしたんだ。
◆ ◇ ◆
家からバス停まで頑張って走って、普段より一本早いバスに乗ったから、八時過ぎにはなんとか学校に着いた。
流石に時間帯が違ったのか。
校門前でTOP4のみんなと会うこともなく教室に着くと、僕は急いで職員室に行き、学級日誌を受け取り教室に戻った。
当番は毎日交代制で、男女ペアでやるんだけど、一学期は隣の席の鈴木さんと一緒。
先月も合わせると今回で日直は三回目。
で、一回目の時に色々と話をしたんだけど、鈴木さんは朝起きるのが苦手だってことで、朝は僕が日誌を受け取りに行き色々と準備して、帰りは彼女が日誌を返しに行く話で調整してる。
とりあえず教室の電気もOK。窓を開けての換気も大丈夫。
あとはホームルームまではのんびりできるかな。
そう思いながら教室でのんびりしてしばらく。教室にクラスメイトが増えてくる中、鈴木さんも登校してきたんだけど。
「あ。おはよう」
「おはよ。それより有内君! ちょっとお願いがあるんだけど!」
隣の席に鞄を置いた瞬間。彼女は朝の挨拶もそこそこに、僕に両手を合わせ頭を下げてきた。
「え? どうかしたの?」
「あのね。ちょっと放課後どうしても行きたいイベントがあるの。それで、放課後の日誌届けるの、有内君にお願いできない? その代わり、今日の授業の号令は私が全部するから」
どこか必死な鈴木さん。こんなお願いをしてくるってことは、何か用事があるんだよね。
「えっと、別に号令はいつも通りでいいよ。急ぎの予定があるなら、放課後に日誌を書いたりもやっておくけど」
「ほんと!?」
「うん。大丈夫だよ」
「有内君ありがと! でも、それだったらやっぱり授業の号令くらい頑張るから。そこは任せて!」
鈴木さんって、こういう気配りとか忘れないんだよね。
あまりこっちが色々押し通しても気を遣わせちゃうし、ここは素直に厚意を受け取っておこうかな。
「じゃあ、それでお願いできる?」
「うん! ほんとありがとー! 今度飲み物を奢るね!」
「そ、そこまではいいから。それより、今日もよろしくね」
「うん! よろしく!」
一気にごきげんになった鈴木さんに、僕も笑顔を返したんだ。




