幕間:喜世達の未来計画
『それじゃ、また明日ね』
「ああ。明日の弁当、楽しみにしてろよな!」
『うん。それじゃあね』
『おやすみー!』
『おやすみなさい』
『ごきげんよう』
俺達が手を振ると、優汰も手を振り返す。
そして、あいつのキャラはすっと教会に溶け込むように消えていった。
間をおいて耳に届く、ポコンというイズコのチャットルームからあいつが抜ける音。
それを耳にした瞬間、俺達は一斉にため息を吐くと、神妙な顔をしながら互いに教会の長椅子に腰を下ろし、並んで祭壇を眺める。
『まさか、優汰君にあんな過去があったなんて……』
『ほんとだよねー。……きっと、すっごく辛かったんだよね……』
『でしょうね。それでもあそこまで誰かのことを考え、自ら抱え込むなんて。普通なら心が折れても当然ですわ』
「だよな。……ったく。あいつ、どこまでお人好しなんだよ」
助けた友達に裏切られ、みんなに無視された。
親や先生達を思う気持ちはわかる。だからって、手を差し伸べようとしてくれた人達の力をなるべく借りず、独りでずっと耐え忍ぶなんて。俺だったら絶対に無理だ。
『私のせいで、過去を思い出したに違いないですよね……』
千麻が肩を落としてるけど、昨日の帰りに昔から優しかったのかと聞いた時、様子がおかしかったと言ってたんだ。多分こいつの予想は当たってる。
『千麻。そうだとしても、優汰様がこうやって心を開き、私達にすべてを打ち明けてくれたのも貴女のお陰よ。落ち込む必要はございませんわ』
『そーそー! その分、あーし達が優くんに本当のアオハル、経験させてあげればいいじゃん!』
両手を握り、ふんっとやる気を見せるエモートをした沙和。
確かにそうだよな。俺達がこれ以上落ち込む必要はねぇ。その分あいつを楽しませてやればいい。
ただ……。
「沙和の言いたいことはわかるけどよ。今の俺達と優汰の関係じゃ、学校で話しかけるのだってままならないだろ?」
それなんだよ。下手にTOP4なんて呼ばれてるせいで、俺達が学校で自由に動けねえのは問題。かといって、妙案があるわけでもねえしな。
『まー、当面はあーしが学校でうまくやるねー。今日の一件で貴堂君ともバイバイできたしー。なんならー、学校で優くんと話せるきっかけもできたしさー』
俺の質問に答えた沙和は、途端ににっこにこになる。
こいつ、運良くきっかけを作ったからって、俺達を出し抜く気満々じゃねえか。
ちっと舌打ちしちまった俺に、沙和が口に手を当て目を細めた。
そんな中、瑠音があいつのほうを真面目な顔で見る。
『沙和。いくらきっかけを手にしたからと言って、無闇に動くのはお止めなさい。貴女の行動ひとつで優汰様が妬まれ、これまでと同じような経験をするかもしれないのよ』
『そうですよ。今回の件で、貴堂君が優汰君に目をつけたりする事だって、あるかもしれないのですから。あまり大胆に動きすぎるのはよろしくないと思います』
千麻がそんな心配を口にするけど、俺もそれは不安だ。
あの貴堂って奴、雰囲気があんまし好きになれなかったんだ。これまで沙和が当たり障りのない感じで接してごまかしてたけど、図に乗ったのか。変にしつこかったしな。
『あー。確かにねー。ま、その辺は上手くやりまーす!』
ビシッと敬礼する沙和に、反省の色なし。
まったく。本気で大丈夫かよ……。
こいつも一応考えて動くことは多いとはいえ、相手は優汰。沙和が暴走する可能性は十分あるんじゃねえか。
思わず俺がディスプレイの前で頭を抱える中、沙和がそのまま話を続ける。
『それよりさー。お弁当プロジェクトも絶賛進行中だけどー。次はみんなでどっか出かけてお泊りとかしない?』
『あら。それは名案ね。学校では登校時くらいしかお会いないし、優汰様とゆっくり過ごすのも悪くないわね』
『でしょでしょー? 優くんの心を癒す旅ならー、やっぱ温泉とかがよくなーい?』
……温泉!?
ちょ、ちょっと待て。あいつと温泉!?
頭を抱えていたはずの俺は、想像以上に破壊力のある単語を聞きはっとする。
「お、温泉って、それはやっぱ混浴ってことか?」
『こ、混浴……そうだと、嬉しいのですが……』
『ま、まー、温泉行くってならそうしたいよねー。温泉は貸し切りにしてさー』
『あ、あら? そんなもの当たり前でなくて?』
みんなを見ると、思いっきり顔を真っ赤にして恥じらってる。
頭に優汰と温泉に入ってる姿を想像しているのは間違いねえ。
ま、まあ、そういう俺だって、期待はしちまってるけど……。
っていうか……。
「なあ」
『きよっちー。どうしたの?』
「何で俺達、教会で煩悩まみれになってるんだよ」
ほんとそれだ。修道服まで用意したってのに、結局優汰に感想を聞く間もなく別れちまってるし。
まあ、あいつだってあんな話をした後だし、明日だって学校もあるんだ。仕方ねえっちゃ仕方ねえけどよ。
『ま、まあ、確かに罰当たりではありますが……』
『こ、こればかりは仕方ないのではなくて? 喜世だって同じでしょう?』
「ま、まあ、否定はしねえ」
『まーまー。ここはシャインズ・ゲート。あーし達にとっては異世界だしー? 現実と違うんだからー、こういうのもノーカンノーカン!』
まあ、言われてみれば、この世界の神を信仰しているわけじゃねえしな。
職業的に千麻は信仰してる扱いだけど。
『ってことでー。罰当たりついでに温泉旅行プロジェクト、考えちゃおっか?』
『手配は難しくないけれど、優汰様の予定もあるのではないのかしら?』
『日程は後で確認すればいいじゃん? るとっちならささっと宿取れるっしょ?』
『ええ。麗杜家として保有している温泉宿があるもの。問題はないわ』
『いいじゃんいいじゃん! じゃー、ちゃちゃっと計画しよ?』
そう言って、にんまりとする沙和。
だけどその笑顔は千麻に一瞬で奪われた。
『沙和。その前に中間テストの事を考えましょう? 赤点を取ろうものならそれどころじゃなくなりますよ?』
『げっ! 忘れてたぁ……』
沙和がうげっと本気で嫌そうな顔をしたけど、ぶっちゃけ俺も釣られて同じ顔をした。
正直俺も勉強は苦手だ。
特に苦手な数学なんか、高二になってからさっぱり頭に入ってこねえんだよ。
なんだよ。あの三次式の展開とか、二項定理とかってやつは……。
そんな俺達を見て、瑠音と千麻が苦笑いする。
『では、まずはテスト勉強を計画しましょうか』
『そうね。それに、温泉もいいけれど、一足早い海を満喫する手もあるわ。折角優汰様との想い出を紡ぐなら、より素敵な場所を探すのも一興。そのためにも、補習なんてことにならないようにしないと』
うへ……。
テスト勉強とかめちゃくちゃ嫌なんだけど。
『うわーん! 神様のいけずー!』
「ほんと。盛り上がった気持ちが一気に冷めちまったじゃねえか」
『あら。だったら優汰様も誘ってテスト勉強をする。これだったらどうかしら?』
ぴくっ。
思わず動きを止めた俺と沙和の目が合う。
『そ、それ! それでいこっ! そーしたら、あーしもちょー勉強に熱が入るじゃん!』
「ま、間違いねえ! あいつがいれば、赤点なんてぜってーないに決まってるって!」
提案に強く食いつく俺達を見て、千麻が眼鏡を直すと、急に不満気な顔をする。
『つまり、私達が教えるのでは不満ということでしょうか?』
やっべっ。これ、千麻の機嫌を損ねたかも。
俺が焦っていると、瑠音もまた白い目を向けてくる。
『瑠音。この話、なかったことにしませんか?』
『確かに。私達では力不足と言われるのなら、きっと優汰様にばかり負担がかかりますもの。それではご迷惑に──』
「か、勘違いするなよ! お前等にだっていつも助けられてるし、めっちゃ頼りたいって!」
『そ、そーそー! ただー優くんがいると気持ちが引き締まるっていうかー。変なとこ見せられないっていうかー! と、とにかく! 二人にも助けてもらいたいから!』
慌ててそんな事を言って取り繕うと、千麻と瑠音はふっと笑い肩を竦める。
『まあ、どちらにしても優汰君の都合もあるでしょうから』
『そうね。私達も、優汰様がいれば身が引き締まるというもの。後で提案してみましょう』
『やったー! ありがとー! 神様仏様ちっちー様るとっち様ー!』
沙和の奴、さらっと態度を変えやがって。
ま、俺も内心ホッとしてるけどな。
でもよ。
確かに一緒に勉強はいいけど、そこで馬鹿だって思われて優汰に幻滅されたらマジやべえよな。
少しは復習くらいして頑張ったほうがいいかもな……。




