幕間:千麻の憂鬱
帰りに用事を済ませたいという優汰君だけを地下鉄に残し、私達三人は西葛橋駅のホームに降り立ちました。
夕焼け空の中、ゆっくりと閉まる地下鉄のドア。
窓越しにこちらを振り返っている優汰君に手を振ると、彼も笑顔で振り返してくれます。
動き出した地下鉄と共に離れていく優汰君。
姿が見えなくなるまで手を振った私の心にぽっかりと穴が空き、そこを埋めるように寂しさが膨れ上がってきます。
最近はいつもそうです。
学校帰りでも。こうやって出掛けたり、お泊りした後の帰りでも。それこそ、シャインズ・ゲートでのログオフの時まで、私はこんな虚しさを覚えてしまいます。
今日は優汰君に沢山甘え、触れることもできた。だからこそ、その虚しさはよろ大きく感じてしまいますね……。
彼を好きと自覚してから、日に日に大きくなる感情。
側にいるだけで、ずっと高鳴る鼓動。
ここ二ヶ月で、ここまで優汰君への想いが募るなんて。
「長月先輩。そろそろ行きましょっか」
「……そうですね」
名残惜しい気持ちを堪え、降っていた手をゆっくり下ろした私は、岩良さん達と共に改札の方に歩き始めました。
二人は私の隣で手を繋いで歩いています。
確か、彼女達は幼馴染で家も近く。この先家の側までずっと一緒にいられるなんて。
本当に羨ましいですね……。
他愛もない話をしながら駅を出た私達は、そのままバス停の列に並びました。
そういえば。
流石に、そろそろはっきりとさせておいたほうがいいですね。
「岩良さん。只野先輩」
「はい」
「何でござるか?」
「率直に伺いますが、お二人はお付き合いを始めた。それでお間違いないですよね?」
私の言葉を聞き、並んだ二人が頬を染め顔を見合わせると、互いに恥ずかしげに俯きます。
「さ、流石に露骨、でしたよね?」
「観覧車を降りてから、ずっと手を繋いでいるんですから。流石にわかりますよ」
それを聞き、二人がまたちらりと視線を合わせはにかんでいますが。
この感じはきっと、お互い両片思いだったのでしょうね。
いくら幼馴染とはいえ、仲が良すぎます。
「ちなみに、有内殿も気づいておるでござるか?」
「多分。ですが、きっとお二人に気を遣ったんでしょうね。一度も触れておりませんでしたが」
「ですね。ほーんと。有内先輩って、そういうところ気遣い凄いですよね。なんで彼女いないんだろ?」
「やはり、あの外見だったからではござらぬか?」
「それ、お兄ちゃんが言いますー?」
「ゔ。そ、それは、そうでござるな……」
本人も気にしていたのでしょう。白い目を向けた岩良さんを見て、只野先輩はがしがしと頭を掻いています。
ただ、それほど面識の多くない岩良さんが、既にそう感じているのです。
髪の毛を切り顔を見せてから、間違いなく優汰君の注目度は上がっていますし、良さが広がるのも時間の問題でしょうか……。
「そ、そういえば。有内殿と長月殿は、本当に付き合っておらんのでござるか?」
「え? は、はい……」
急に私のことを振られたせいで、思わずしどろもどろになってしまいました。
二人のようにお付き合いできているのなら、どれだけ良いことか……。
「はぁ……」
思わず漏れたため息。
「……長月先輩って多分、本気ですよね」
岩良さんが、真面目な顔でじっと私を見つめてきます。
本音を漏らしていいのでしょうか?
そんな疑問を覚えたものの、多分ため息と共に顔に出ていたのでしょう。
隠しても無駄でしょうね……。
「私は、そうですね」
「やはりでござるか」
只野先輩にまでそう言われ、私は思わず顔を真っ赤にして俯いてしまいました。
私はそこまで周囲にわかりやすい反応をしている。
その恥ずかしさに、穴があったら入りたいくらいです。
「ということは、さっき有内先輩が言ってたことも、やっぱり本当ってことですよね……」
岩良さんが残念そうにした理由。
それは間違いなく、優汰君が口にしたこの言葉でしょう。
──「そういえばですけど。有内先輩と長月先輩って、お付き合いしたりしないんですか?」
──「ううん。特にそういうことはないけど」
はっきりとした否定。
素直な優汰君の言葉だからこそ、それが真実だとわかります。
私の初恋が破れたわけではないですが、ああもはっきり言葉にされると、やは辛いものがあります……。
「好きな人がいるっていう言葉も、本当なんですかね?」
「どうでござろうな。あまり嘘を吐くようにはに見えぬでござるが」
「ですよね……」
どこか気まずそうな顔をする二人。
でも、仕方ないですよね。彼女達は優汰君が嘘を吐いているのを知らないんですから。
……本当に、今でも嘘なのでしょうか。
実は、他の三人の誰かを好きになった。そんなことはないのでしょうか。
憂鬱は不安になり、私の心に重くのしかかってきます。
「長月先輩。大丈夫ですよ。まだ有内先輩が先輩の事を好きじゃないって、決まったわけではないんですから」
「そうでござるよ。有内殿も我々がいる前で口にするのは恥ずかしかっただけやもしれぬ。まだ早計でござる」
二人が必死に慰めてくれますが、それも気休めにしかなりません。
とはいえ、せっかく結ばれた彼女達に不安ばかり掛けるわけにはいきませんね。
「そうですね。少しでも振り向いてもらえるよう、私も頑張ってみます」
そう。頑張らないとですよね。
もうすぐ夏休み。みんなで旅行に行くのですから。
……きっと、みんなも優汰君にアピールするに決まってます。
であれば、私だって負けるわけにはいきませんよね。
せめて、シャインズ・ゲートでのキスくらい、もう少し経験をしておかなければ……。
沈みつつある夕日と共に、暗くなる空。釣られて暗くなる気持ちを奮い立たせると、私は旅行までに少しでも関係がよくなるよう、頑張る決意をしたのでした。




