第18話:何も起こらぬわけもなく……
「えっ?」
距離が縮まったって……僕達、喧嘩とかしてないよね?
今日、距離が離れたようなことって……あ!?
「も、もしかして、今日僕が千麻さんに触れちゃったのを気にしてる!?」
「は、はい……」
思わずそう問いかけると、彼女が消え去りそうな声でそう口にする。
しまった。確かに慰めてもらったりもあったし、千麻さんから触れてきたこともあったけど、誤って変な触れ方をした時だってあったじゃないか。
「ご、ごめん。もし千麻さんが嫌な気持ちになってて、それが解消したっていうなら、多分そうかも」
「……え?」
……あれ? 彼女はなんで驚いてるんだろう?
「あ、いや。只野先輩達みたいに、実は距離が離れちゃってた時間があったのかなって。例えばローラースケートの時とか──」
「そ、そうではありません!」
僕が必死に説明しようとすると、千麻さんがほっぺを膨らませ、むぅっという顔をする。
「あ、あの。私は今日、全然嫌な思いはしておりませんよ」
「そ、そうなの?」
「はい」
「じゃあ、距離なんて離れてない──」
「ですよ。だからその……もっと、距離が縮まったりとか、しなかったでしょうか?」
眼鏡を直すとまた上目遣いになった彼女は、潤んだ瞳でじっと僕を見る。
顔は未だに真っ赤。よっぽど恥ずかしい事を口にしたんだと思うけど……。
「もっと距離が縮まるって、どういうこと?」
僕は彼女の言葉にただただ困惑していた。
今だって僕はTOP4のみんなを特別な友達だと思ってる。
それ以上に距離が縮まるってっていうのがどういうことなのか、さっぱり見当がつかなかったから。
「それは……その……」
僕の質問を聞いて、千麻さんは俯きもじもじとしながら何かを言いかけたけど、そこから先の言葉が続かない。
眼下に広がる景色も遠くなり、ゴンドラが随分高い所まで来たことがわかる中、僕達の沈黙をごまかすのは観覧車が動く音だけ。
え、えっと……これってどうすれば……。
この状況に戸惑い続けていると。
「……あっ!」
突然、千麻さんが大きく目を見開いた。
その視線は僕の方──を見てない?
なんとなく彼女の視線の先を追うべく、肩越しに後ろを見ると──!?
瞬間、僕もまた言葉を失った。
あ、あれって……キス、してる?
そう。視線の先にあったのは、ゴンドラの中で横並びに座った只野先輩と岩良さんが、キスをしているところだった。
互いに顔は真っ赤。岩良さんは目をぎゅっと瞑ってる。横顔の只野先輩も、眼鏡の下で緊張した顔のまま目を瞑ってる。
唇を重ねたまま、まるで時間が止まったように動かない二人。
釣られて僕も目が釘付けになっていると。
「……う、羨ましい……」
ぽそりと、千麻さんの小さな声が聞こえた。
え? 羨ましい?
そう思った直後。二人の顔がゆっくりと離れる。
って、こんなにじっと見てたら悪いよね!?
慌てて正面に向き直ると、千麻さんも二人から目を逸らすかのように、さっと俯きその場で小さくなる。
……キ、キスをしたってことは、岩良さんが告白をして、上手くいったってこと?
それとも、幼馴染でも仲が良ければキスをする……いやいや。流石にゲーム内とかならまだわかるけど、流石にそれはないような……。
ただ、あまりに長くキスしてた二人はどこか背徳的で、さっきっからずっと胸がバクバク言ってる。
お、落ち着こう。
今のは見なかった。うん、見なかった。
二人はキスなんてしてない。そう、キスなんて──。
──『……そっか。ありがと。ありうっち』
──『い、いきますわよ』
──『じゃ、じゃあ、いくからな』
──『で、では。いかせて、いただきますね』
瞬間、脳裏に浮かんだのは、シャインズ・ゲートでしたTOP4とのキスだった。
ゲーム内のはずだけど、まるで本人のような可愛く綺麗な顔が近づきアップになったあの時。
それは僕の顔を真っ赤にするのに十分だった。
あ、あれだけでもめちゃくちゃ緊張して恥ずかしかったよね。
でも、あれが現実になったりしたら、きっと唇の感触とか、息遣いみたいなのを感じたりとかするんだよね……。
一気に頭に血が昇って、少し頭がくらくらする。
そんな中。
「ゆ、優汰君」
千麻さんが恥ずかしそうに僕の名前を呼んだ。
「な、何?」
「あ、あの……その、ですね……」
やっぱりもじもじしている彼女は、顔を横に向けたまま、ちらっちらっとこっちの様子を窺うと、ゆっくりと言葉を続けた。
「こ、今度……キ、キ……キスをしても、よろしいですか?」
「え? キス。あ、キスね。えっと……」
……え?
「キ、キスって!?」
思いっきり驚いた声を出すと、びくっとした千麻さんが、おずおずとこっちを見ると小さく頷く。
「あ、あの、流石に現実でというお話じゃなく、その……シャ、シャインズ・ゲートの中で、構いませんので……」
「あ。シャ、シャインズ・ゲートの中ね」
そっか。シャインズ・ゲートの中か。
それだったら……って、キスするの!?
「ど、どうして!?」
そう。それ。どうして?
その一言した口にできなかった僕を見て、彼女はまた身を小さくし、胸の前で両手の人差し指をつんつんと落ち着きなく合わせる。
「そ、その、えっと……さ、さっきみたいに急にキスをするってなった時、や、やはり心構えくらいできたほうが、よろしいかなと」
「こ、心構え?」
「は、はい。き、きっとですよ。恋人になった人とキスをするのは、優汰君のような格好良くて素敵な方とキスをするくらい、恥ずかしいと思うんですよ」
「そ、そうなのかな?」
「ま、間違いありません。で、ですから、有事の際のためにも、やはり慣れておいたほうがいいのかな、と……」
質問に丁寧に答えてくれた千麻さんだったけど、やっぱり口にするのは恥ずかしかったのか。最後は消え去りそうな声になってる。
キスに慣れる……ま、まあ、ゲーム内だってやっぱり恥ずかしいけど、TOP4くらい人気なら、好きな人が恋人になるなんてこともありそうだし。慣れておきたいって気持ちにもなる……のかなぁ?
正直、恥ずかしいんだけど……。
少しずつ下っていくゴンドラの景色同様、自分の中の羞恥心もあって気持ちは下り坂。
だけど、それでも特別な友達の頼み。だったら、ちゃんと応えてあげるべきかも。
「ま、まあ、ゲームの中でなら、協力してもいいよ」
「ほ、本当ですか?」
覚悟を決めてそう口にすると、千麻さんは不安そうに聞き返してくる。
「う、うん。千麻さんみたいに可愛い人が相手なら、僕も練習になるし」
思わずそう口にしたけど、実際に練習したいとかなんてまったく考えてない。
何となく、理由をつけたら納得してくれるんじゃって思っただけ。
ただ、それが功を奏したのか。
「わ、わかりました。で、では、よろしくお願いいたします」
彼女は少しホッとした顔をすると、未だ顔を赤らめたまま深々と頭を下げたんだ。




